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序章
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ザブッザブッと水を掻き分けながら、玄(げん)と巴(ともえ)は川の深み深みへと向かって行く。
空には、まるで饅頭のように真ん丸な満月が浮かんでいて、水面にユラユラと揺れていた。
今は真夏だというのに、川の水は凍てつくような冷たさで、巴の体からどんどん体温を奪っていく。手足はとうの昔に感覚がなくなり、体がカタカタと小さく震えた。
それでも、玄と繋いだ手だけは酷く熱い。繋がれた手は、赤くなってしまう程強く強く力が込められている。
「玄さん、やっぱり引き返しましょう」
何度か巴は、この言葉を口に出そうとしたけど、玄の背中がそれを許してくれなかった。
(もう、自分達は引き返せないんだ……)
巴の目に涙が滲む。
2人で何度も話し合ったはずなのに、巴はやっぱり躊躇ってしまう。玄には、もっと違う将来が必ずあったはずだ。そう思えば、今自分達がしていることが正しいのかが分からなくなってきた。
「巴。月が綺麗ですね」
「え?」
突然、玄がまるで巴の気持ちを見透かしたようににっこり微笑んだ。
その瞬間、たくさんの淡い光を放った蛍が、一斉に空に向かって飛び立って行く。
その光景があまりにも綺麗で、巴は思わず目を細めた。
「玄さん、私は死んでも構いません」
「もし俺達が生まれ変わったなら、俺はまた巴を探します。そしたら、必ずまた、貴方を愛します」
「僕も、月下美人の花を咲かせて、貴方が迎えに来るのを待っています」
2人で見つめ合って微笑む。
それから、繋いだ手をギュッと握り直す。もう、離れることがないように。
「月が綺麗ですね」
玄が呟いた最後のほうの言葉は、川の流れる音に掻き消されて、巴には聞き取ることができなかった。
翌日、河原には強く手を握り合った2人の若い遺体が横たわっていた。
その握られた手は、死んでも尚、離れたくないと言わんばかりに強く強く握り締められていたそうだ。
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