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誘惑 (克己side & 達也side)
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「ちょっと失礼しまーす」
ナイトを従えた天使が舞い降りた途端、1Bの教室は、水を打ったように静まり返り、やがて天地をひっくり返したような騒ぎになった。
「うわっ、姫だ姫っ」
「マジ!? 後光が差して見えるのはオレだけか!?」
「中等部ン時も信じらんねーくらいかわいかったけど、今や美人オーラ、ハンパねー」
「こらこら」
あまりの騒ぎっぷりに、天使も思わず苦笑する。
キレイだのかわいいだのと、持ち上げられるのはけっこうだが、祭り上げられたいわけじゃない。
周りの望む姫を無理して演じるほど、克己はお人好しではなかった。
「2Aの、克己です」
訳ありの子弟の多い桜華学園では、生徒のプライベートは、見事なまでに完璧に伏せられていた。下手に詮索できないよう姓は明かされず、公にも下の名前で呼ぶのが常なのだ。
「姫なんて呼ばれたりもするけど、か弱い美少女を期待されても困るんだよね。これでもわりと肉食系だから」
可憐な美少女の口からこぼれ落ちた爆弾発言に、一堂は唖然 である。
「ひ、姫って上……?」
「バカ、誘い受けとか、そっち系だろ? ナイトが下とか、ぜってーねぇから」
「あの顔して誘われたら、ヤベェな……」
克己がいたずらっぽく笑って、下級生の額をデコピンした。
「こらこら。そういう想像は、夜ベッドの中でやってくれる? 肉食系とは言ったけど、誰かれかまわず発情するほど節操なくもないんだけど?」
一応僕にも、好みってものがあるし。克己は憮然とつぶやくと、さっそく本題を持ち出した。
「実は、そこのメガネの編入生君に用があるんだよね」
遠慮のかけらもなしに教室に入り込むと、爆睡中の編入生の机に、しなやかな両手を折り曲げて肘をつき、開いた手のひらに細いアゴを乗せた。
「ねぇ、誰か彼の名前を教えてくれる?」
周りを見渡せば、軽く見つめられただけで鼻血を吹きそうになっている生徒がちらほらと。
誘惑に勝てず、思わず手を出しかける生徒もいたが、背後に影のようにたたずむ士郎に首根っこをつかまれ、一掃された。
「えっと、達也とか何とか言ってた気がしますけど……」
「達也ね。たっちゃん、かな?」
誘惑 (達也side)
授業開始までのわずかな時間を、机に伏せて、うとうとと過ごしていた達也は、意識の遠いところでその喧騒を聞いていた。
「ねぇ、いいかげんに起きてってば」
甘く透き通った声が降りてくるのと同時に、ぷにっ、と頬を摘ままれて、達也は微睡みの中で眉を寄せた。
せっかく気持ちよく寝ていたのに。
ただでさえ、ここのところ緊張して眠れない日々が続いていたのだ。
気が小さいのは昔からで、環境の変化にはとことん弱く、達格闘家の祖父からは、軟弱だ、それでも男かと、度重なる叱責を受けてきた。
昨日は昨日で、姫などと呼ばれる美少女、もとい美少年の顔がチラついて、心がザワめいて寝つけずに、結局、学園内を手当たり次第にランニングしているうちに、空が明るくなってしまった。
(けど、本当に天使みたいだった……)
トロトロとした濃密で甘い微睡みの中、達也はうっとりと微笑んだ。
あれで男の子だなんて、嘘みたいだ。砂糖菓子のような甘い匂いがして、そう……確かこんな風に……。
香りに導かれるように目を開けると、
「あ、やっと起きてくれた?」
春先のまばゆい光が、窓際からキラキラと差し込んでいた。新緑の木々を背景に、天使がこの世のものとは思えない眩しい笑顔を浮かべている。
一瞬にして、目が覚めた。ガタガタと立ち上がり、拳を握りしめて、目の前の天使を凝視する。
「なっ、なんで……?」
「昨日のお礼。龍ちゃんの肩を治してくれたでしょう? ホントーに、ありがとね」
言って、つま先立ちになった天使は、なんと達也の頬に口づけた。
ふにっ、と、潤いのある、やわらかな感触が、頬に残る。
「……っ!!」
今や教室のざわめきは、最高潮に達していた。
達也といえば、あまりの衝撃に、あらゆる回路がショートしてしまい、突っ立ったまま固まっていた。
分厚いメガネのガラス越しに、天使がふわりと微笑んだ。
「保健の先生が言ってたよ。ものすごく上手に整復してあるって。あれなら後遺症も残らないから、安心だって。本当に感謝してるんだ」
「そ、それはよかった……ですっ」
胸がドキドキして、息が苦しかった。何度唾を飲み込んでも、喉がカラカラに乾いて、声がかすれてしまう。
「それでね、何かお礼をしたいんだけど、何がいいかな?」
そんなの、さっきもらったキスで充分にお釣りがくると思った。
思い出して、頬がカアッと熱くなる。
あの唇が自分にキスしたなんて。
「あ、キスがいい? 唇にとか?」
視線に気づいた克己が、細くて長い指先で、己の唇を撫でた。
「や…っ、別にそんな……っ」
なんてことを言うのだ、この天使は!!
達也は慌ててふるふると首を振った。頬でこんなにドキドキするのに、唇になんてされたら、息が止まってしまうかもしれない。
それに、
「そういうことは、好きな相手とするものでしょう……?」
頬ならまだしも、唇は神聖なものだ。もし自分が克己の恋人なら、絶対に許せない。
だが、その刹那、克己の瞳の奥で暗い炎が揺らめいた。それを覆い隠すように、わずかにうつむいて、笑う。
「なんだ、せっかくのキス、もらい損ねちゃったな……」
だったらオレの初めてをもらってくれと、多方面から声が上がったが、気がそがれたから、また今度ねと、克己は軽く受け流す。
(断ったの、失礼だったかな……?)
そりゃ、達也だって男の子だ。こんなにかわいい子とキスできるなら、天にも昇る気持ちだろう。たとえ男の子でも、そこに気持ちがこもっていなかったとしても。
熱くハレーションを起こしていた気持ちが冷えて、冷静さが戻ってくるに従って、克己の態度の奥の方に見える苛立ちや投げやりさが透けて見えてしまい、今度は心配になってきた。
それでも、これ以上何かを口にしたら、なぜだか強気の天使を傷つけてしまう気がして。
「……だったら、絵を書かせてくれませんか?」
ダメもとの願いを口にしていた。
言ってしまってから、青くなる。
ほとんど誰にも言ったことのない趣味なのに。よりによって天使に、それもこんな公衆の面前で暴露してしまうなんて。
「絵って、僕の絵? 君が書くの……?」
「……はいっ。で、でも、嫌ならホント、別に…っ」
「……いいよ」
「えっ、いいの? ホントに……?」
「でも、脱がないからね?」
茶目っ気たっぷりにからかわれ、
「誰もそんなこと言ってないでしょ!!」
「あはは。じゃあ、連絡するから。着拒解除するから、君もいつでも学園のピッチでかけてきて」
ヒラヒラと手を振り、天使が去って行った後、達也が猛烈な質問攻めに合ったのは言うまでもないだろう。
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