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信頼 (達也side)
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士郎の部屋のドアをノックして、しばらく待ったものの返事はなく、恐る恐るノブに手をかければ、スッと奥に開かれた。
「失礼します……」
異様に緊張した。
部屋の造りは達也の部屋と大して変わらなかったが、広さは半分ほどで、これが従者用の部屋なのかと、バトラーシステムの存在を思い出す。
ドアから直接見えない角度にベッドや机が置かれた、12畳ほどの個室。天井が高く、奥に緑を臨めるテラスが併設されているせいか、間取り以上の開放感がある。
左右それぞれに、ドアが一つずつ見えた。どちらかが専用のバスルームで、どちらかが克己の部屋とつながっているのだろうと思うと、心臓のドキドキが加速した。
一瞬、部屋には誰もいないように見えたが、よく見れば士郎が本棚の死角に位置するベッドに、力なく横たわっていた。
「……呼び出して、すまない」
目を開けるのもおっくうそうな士郎に、達也は慌ててかけ寄った。
「だ、大丈夫ですか……!?」
汗ばんだ額に触れれば、燃えるように熱い。
「ちょ…っ、これヤバイんじゃ……!?」
「……寝てれば治る」
「薬は飲んだんですかっ? とりあえず、医務室で解熱剤もらってきます…っ」
「……騒ぐな。薬なら、さっき飲んだ」
慌てる達也の腕を、士郎がつかんで止めた。
その熱さに、再びヒヤリとする。
「……座れ。話したいことがある」
潤んだ瞳と、艶っぽくかすれた声に、別の意味で心臓が跳ねた。
(この人、こんなに色っぽかったっけ…?)
普段まったく隙を見せない男がさらす弱さほど、特別なものはない。士郎に惹かれる龍之介の気持ちが少しだけ、わかる気がした。
客を迎えた手前、律儀に起き上がろうとする士郎を、達也は再びベッドに押し込めた。
「とにかく寝ててくださいっ。寝ながらでも話はできるでしょう?」
自分に厳しすぎるのも困ったものだ。
「……悪いな」
まだ言うか? と、半ば呆れてしまう。
「あー、病人に気をつかわれると、逆につらいんで、やめてもらえると嬉しいです」
人に頼り慣れていないのか、士郎が困ったような顔で黙り込む。
「あのね、具合が悪い時はお互さまなんだから、くだらないこと考える暇があったら、治すことに全力をそそげばいいんです」
ついでに、ちょっとくらいワガママ言ってくれた方が、看病する側は嬉しいものなんだけどなぁ、とつぶやいた。
「……そういうものか?」
「そういうものです」
自信満々に言い切った。
もっと、頼られる側の喜びについて、語りたいところだったが、病人に体力を使わせるのもしのびなくて、呼ばれた理由を聞くと、
「単刀直入に言わせてもらう」
士郎は射抜くような視線で達也をとらえ、言った。
「夜、克己と会っている道着の男は、おまえだな?」
いきなりの直球、それも、ドストライクの剛球に、達也は目を見開いたまま固まった。
否定する暇も、予防線を張る余裕も、与えられなかった。
これでは、はい、そうです、と言っているようなものなのに、言い訳の一つも浮かばない。
汗が吹き出し、焦れば焦るほど、頭の中は「どうしよう!?」の一言で埋め尽くされていく。
己の愚かさを呪っても、後の祭り。
もう終わりだと、目の前が真っ暗になる。
「どうして……わかったんですか……?」
「前に会ったことがある。おまえは忘れているようだが」
「いつ、どこで……?」
「二年前の関東大会を覚えているか? 決勝で対戦したのがオレだ」
「えっ、でも、あれっ?」
「当時は茶髪で、髪も長めに伸ばしていたからな。わからなくても無理はない。まぁ、若気の至りってやつだ」
士郎がおかしそうに笑う。
やさしい瞳だと思った。少なくとも、敵意は微塵も感じられなかった。
あまりの安堵に、肩の力が抜け、膝が折れ、ヘナヘナとベッドにへたり込む。
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「確信がなかった。オレも変わったが、おまえのその、犯罪級にダサいメガネは何なんだ?」
「ああ……、長時間絵を書いてたせいか、目がかなり悪いんです。コンタクトだと度を調整しきれなくて、コンタクトとメガネを併用するくらいなら、厚底でいいか、って」
優勝しながら姿を消した美少年はどこのどいつだって、あの後しばらく、空手界は大騒ぎになったのだと、士郎は言う。
「オレもあれで目が醒めた。
「美少年……」
達也は言われ慣れない単語に、まごついた。
あの時は確か、会場前で猫が車に轢かれていて、慌てて病院に運んでいたら緊急手術になり、表彰式どころではなかったのだ。
「どちらにせよ、ここではあまり素顔をさらさない方がいい。野獣の群れに、わざわざ餌をやるようなものだからな」
「飢えると人間、何でもよくなるんですね。怖いや」
しみじみつぶやくと、士郎がクスッと笑った。
「おまえのその純朴さは、魅力だな」
「……士郎さんの笑顔こそ、破壊力満点なんですけど」
絵を書くせいか、本当に、キレイなものに弱くて困る。
「どーしてこう、オレの周りにはキレイどころが多いんだ……!」
心臓に悪いとつぶやけば、おまえが言うかと呆れられた。
「話が横道にそれたが、今日おまえを呼んだのは、明日行われるイベントで、オレの代わりを頼めないかと思ったからだ」
達也は顔を上げて、士郎を見た。
「おまえは知らないと思うが、桜華はイベント事の多い学園だ」
人里離れた山奥で生徒を飽きさせないため、生徒会を中心に、毎月何らかの息抜きが用意されていた。
息苦しい思いをさせないよう、生徒の自由を可能な限り尊重されるため、もとより規律は緩く、風紀はないに等しかった。
「特にイベントの時は、雰囲気に呑まれて羽目を外すヤツが出やすい。おまえに頼みたいのは、克己のガード役だ」
「え……?」
「おまえもその魅力にやられた1人だから、わかると思うが、克己は男の劣情を掻き立てる。ガキの頃から、数限りなくそういう目で見られてきた」
龍之介や士郎が目を光らせてきたから、何とか無事にすんでいるものの、1人では敷地内を自由に歩かせることさえ難しいのだという。
「克己も黙って人の背中に隠れている玉じゃないから、実際、何度も危ない目にあってきた」
あの通り気は強いが、腕力はからっきしだからな、と士郎は苦い顔だ。
「克己を任せるなら、とびきり腕の立つヤツでなければ無理だと思っていた。おまえなら信用できる。おまえに頼みたい」
言うと、士郎は力尽きたように目を閉じた。
かなり無理をしたのか、時折、苦しそうに小さく呻いた。
「……明日のイベントは無作為抽出のペアでやるんだが、龍之介に頼んで……少し細工した。克己とペアを組むのは……おまえだ」
「え? 龍之介さんって……」
「あれで副会長なんて……詐欺だろ……?」
確か、前にジェイが、ここの生徒会は巨大な権力を持つのだと言っていたことを思い出す。
もちろん先生や管理者はいるのだが、学園の運営は、実質、生徒会役員を中心に行われているのだという。
「龍之介さんって、実はスゴイ人なんですね」
「……人望だけは無駄にあるからな」
「ああ、確かに、フラフラ言うことを聞きたくなるような空気感、あるかも」
この人についていけば、何か面白そうなことが起こりそうな。嵐の中でも、悠然と周りを従え、いつの間にか対岸にたどり着く道を探し出してしまいそうな。
余裕しゃくしゃくで、底知れない、あれが生まれながらの王者の風格というやつなのかもしれない。
「はぁ……、でも、姫もさすがにオレと組まされたら、裏で糸を引いてる龍之介さんの存在に気づくんじゃ?」
数百人から無作為に選んだ2人が克己と達也だなんて、あまりに出来すぎている。
「それは大丈夫だ。景品が何か聞けば、渋々従うさ」
士郎は自信ありげだった。
「わかりました。あの人が素直に守られてくれるとは思えないけど、全力を尽くします」
「……いい目だ。頼むぞ」
信頼の言葉が、素直に嬉しかった。
いつか、この人を超える男になって、堂々と克己を幸せにしますと宣言したい。
今はまだ、深く胸の奥に秘めるだけの想いに気づいたかのように、最後に、かすかな笑顔を見せると、士郎は力尽きたように眠りに落ちた。
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