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Inverse view 12
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「僕の許可なしには、何をしてもいけないよ?」
凶器のような、それでいて絶対的に逆らえない爽やかで眩しいほどの笑顔で、アルノルドは、食事から、着替えから、なにから、全てを彼の手で済ませなければいけない、と強制してきた。
バスローブひとつ自分で身につけられない。
翌日は、ベッドから出られる状況ではないくらい、身体が痛くて、怠くて、仕方なしに従っていた。服は破られているから、すでに捨ててしまっているし、替えはない。
その日の夜に、アルノルドのシークレット・サービス兼秘書、という男性が現れ、クリス用の服を数着、持って現れた。いつサイズを測ったのか?というくらいぴったりの自分好みの服とそのサイズに、まずは驚かされた。アルノルドはその男を「ヴァルター」と紹介し、相手のヴァルターは、クリスのことを良く知った感じで、特にアルノルドから紹介されることもなく、
「写真で見るより、実物の方がいいねぇ。ほんのりとした、その色気もたまんないわ」
初対面からギョッとするようなことを言う。確かに服がないから、バスローブでいるのは仕方ないにしても、色気とは……ヘッドレストに寄りかかるようにして座っているだけなのに。気だるさがそう見えるのだろうか?
「ヴァルター・・・おまえの悪い癖だが、クリスには絶対に手を出すなよ?」
慣れた様子で返すアルノルドを見ていると、以前もそういうことがあったのだろう、と想像出来る。そういう意味で兄弟なのかもしれない。アルノルドほどの美形であれば、男女問わず、放っておけない、ということを再認識する形となった。
胸がちょっとチクリとする。
ーーーなんだ?この感覚?!
「これだけの美人を目の前にして据え膳かよ。それにしてもずいぶんと可愛がられたみたいだな」
にやりと嗤うヴァルターの目線を追うと、胸元が少し開いていて、キスマークが大量につけられていることに気づく。
「そりゃ、当たり前だ。クリスは僕の運命の人だからね。誰かとシェアなんて、絶対にしないよ」
「ほぉ…………それは珍しい。相手は雁字搦めにして、自分はどうするんだよ?」
「僕はクリスがいれば、他の男はいらないよ。セックスの相性もぴったりだった。もうちょっと体力をつけてくれたら、最高かな」
「おまえんとこ全員が絶倫すぎんだよ。これまでおまえが性欲処理にしてきたやつらはどうすんだよ」
「いらないよ。ヴァルターに全部あげる。おまえだってお気に入りがいるだろう?」
ヴァルターが珍しい、と言ったあたりから、二人はドイツ語で話始めてる。音楽をやっていたおかげで、多少の知識はあれど、すべての会話を聞き取るのには、まだ不十分だが、不穏な話をしてることは、なんとなく理解していた。ヴァルターもアルノルドも英語も堪能だが、オーストリアは『ドイツ語圏』なので、母国語がドイツ語になる。音楽用語であるドイツ語は覚えていても、日常会話まではまだ、クリスには理解できていない。
最初の大学では、特に第二外国語など学ぶ必要もなかったので、英語だけで充分だった。
日本に渡ってからは、音大で学んだのも音楽とその音楽史、ドイツ語は音楽用語を学んだだけで、日常会話を使うような授業は受けていない。萩ノ宮に移ってからも、日本史専攻だったので、日本語を覚えることと、歴史を学ぶこと。第二外国語にはドイツ語を選んでいない。音楽への道があるとは思ってはいなかったから。
たとえ音楽の道に進めたとしても、ドイツ語圏で活動するなんて考えてもいなかった。
失敗した、と思った。それを承知の上で、二人は内緒話でもするように、おおっぴらに言語を変えて話し出したのだ。どこまで調べ上げられているのか、と思うと、ゾッとする。プライベートも何もあったもんじゃない。
「ざぁんねん!!アルノルドに愛想をつかせたら、俺のところにこいよ?」
「僕がそんなへまをすると思ってるのかい?ずいぶんとなめてくれるね」
言語が英語に戻る。アメリカ英語というよりは、さすがヨーロッパの人間だけあって、クイーンズイングリッシュに近い。二人からすると、アメリカ英語の自分は訛って聞こえるのだろうか?
そんなことは、どうでもいいことなのだが、この二人の関係性は、ただのSSと指揮者という関係としては、第三者としては、しっくりこない。
「……2人って……そういう仲なの?」
ドイツ語で会話した所為もあり、クリスが間違った解釈をしてしまう結果になった。
「……気持ち悪いこと言わないでくれる?絶対にありえないから……」
うんざり、といわんばかりの表情で頭を抱えたアルノルドが言うと、それに補足するようにヴァルターが続く。
「お互いにバリタチなのに、それは絶対にないわ。コイツのアへ顔見てもつまんないだろ。それに、想像出来るか?こいつが抱かれるとか。ないわ~、俺がこいつに抱かれるなんてもっとないわ~」
ヴァルターも本気のイヤな表情をする。その逞しい肉体はスーツを着ていても分かるほど筋肉がついていることがわかる。けれど上か下か?と聞かれればその人の好みにもよるので、クリスには理解できない。
「それは僕の言い分だ。おまえは好みじゃない。それ以前に、僕にはもう、クリス以外必要ない。僕は生涯をかけてクリスを愛していくし、シェアするつもりもない。僕以外に触れさせるなんて考えただけでも、ゾッとするね。何を勘違いしたんだか知らないけど、ヴァルターとは子供の頃からの付き合いだけに、それだけは絶対にありえないね」
身近な存在だからこそ、お互いを知りすぎている。その分、遠慮がないだけの関係だが、信頼関係があっての護られる者と護る者であることには違いない。
三日目、ストーカーの底力を、知ら示された気がしてならない。行きたかった場所、食べたかったものをしっかりと把握され、至れり尽くせり、という具合だ。
外でも構わず、子供へ食事を与える母親の如く食べさせられ、さすがに、人前で食べ物を口に運ばれることには、成人男性として強い抵抗を感じて、それには抗議したが聞き入れてはもらえず、それならルームサービスでの食事の方がマシだと思った。
躰が楽になってきた4日目には、またベッドに誘い込まれ、久しぶりだから、と後孔を念入りに解され、全身に舌を這わせて、しつこいくらいの愛撫に啼かされ躰を繋いでも苦しいくらい突き上げられ、喘いだ。もう、薬など使わなくても快感を拾い上げる躰は完全に出来上がっていた。
そこからは毎日のように、愛を囁かれ、その口づけに、愛撫に身悶える。洗脳されているような心地良さと、触れている肌の温かさと、指と舌で感じる愉悦に身を委ねた。
完全にアルノルドのペースに振り回され乱れた。ほぼ離れることなくアルノルドの手はクリスに触れ続けた。髪に、額に頬に口唇に首に肩に胸にどこにでも口唇を寄せる。
求められて、何度も躰を重ねた頃には、完全に溺れて捕まってしまっていた。昼夜関係なく互いが欲しいと思えば抱き合う。こんな爛(ただ)れた状態でいいのか、と思いながらも、この綺麗な男がセックスの時に見せる自分だけを求める時のオスの表情が好きだと思った。
自分の躰で感じてる……と思うだけで汚してるような罪悪感と恍惚とした優越感……汗を滴らせ目を細めて耐えるような表情、興奮で赤らむ目元、弾む息……クリスが手を伸ばした時に見せる男らしい笑みも……
こんな短期間で、アルノルドの手管にまんまとハマってしまったのだ。手練手管ということは、それなりに経験も積んでいるということだ。他にもあの表情を知ってる人がいるのかと思うと胸が痛む。完全に捕まった……
正確には軟禁だが、監禁されたようになり、行動を共にして、相手に行動の許可を得ることで、生まれる安心感から犯罪被害者であるにも関わらず、その犯罪者の気持ちに寄り添ってしまう、人間にある精神的危機回避の方法……
『ストックホルム症候群』
まさに、その言葉が当てはまっているのだと思う。
この人の役に立ちたい、この人の傍で生きていくんだ、と心が求めてしまったのだからどうしようもない。
愛されることに慣れてないクリスが、これでもか、というほど愛情を与えられて、その精神的にも肉体的にも満たされる感情に流されないわけがなかった。
急激に男に慣らされた躰が、快楽を求めて陥落するのも早かった。アルノルドの技巧はクリスを不快にすることなく快楽へと導いた。
……堕ちていく……
……たとえ……
その『慣れた』手が、不安しか生まないとしても。
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