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3.あれから
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引っ越ししてから、数ヶ月。
稜からの連絡はぱったりと途絶えた。
きっと稜も、健人のしたことの意味を理解したのだろう。二人の不毛な関係はこれで終わりだ。
意外にあっさり終わったな。
そして稜のいない毎日にも順応出来ている自分のたくましさに驚いた。最初の頃こそ泣いた夜もあったが、今ではそんな感情も芽生えてこない。人間は忘却の生き物だから。
「なぁ、健人、聞いたか?!」
授業を終えたところで、友人の直樹《なおき》が話しかけてきた。
「何を」
「稜と美咲だよ。あの二人、別れたらしいぜ?」
稜の名を久しぶりに聞いた。
「へぇ。お似合いだったのにな」
心にもないことを言ってみる。みんなはそう思ってるだろうから。
「なんか稜が振られたらしい。美咲はたくましいよ、もう次の男と付き合ってる」
「へぇ」
「さらに美咲は卒業と同時にその次の男と結婚するらしい。すごくねぇ?」
「確かにすごい話だな」
稜と美咲。二人の関係は健人にはわからない。稜を振ってすぐに次の男を見つける美咲のしたたかさ。本当に稜のことを好きだったのかと、美咲の気持ちを疑ってしまう。
「稜、落ち込んでんじゃねぇのかなと思って。健人って稜と仲良かったよな? 何か稜から聞いてねぇの?」
「聞いてない。最近あいつに会ってないから」
「そうか……。ま、稜なら優しいしかっこいいからすぐにまた良い相手見つかるよな!」
本当だよ。稜よりいい奴なんて俺は知らない。
稜は今どうしてるんだろう。
美咲に振られて、俺とも関係を断ち切られて、柄にもなく落ち込んでるのかな……。
◆◆◆
健人がカフェでのアルバイトを終え、帰宅しようとした時に、出口でそれを待っていた人物がいる。
美咲だった。
美咲の顔はミスコン候補者リストで見たことがあるし、何より見間違えようもないくらいの突出した美人だ。
でも健人は美咲と友人でもなければ一度も話したこともない。
「健人くん、だよね……?」
美咲はおずおずと話しかけてきた。
「そうだけど。なんでここに……?」
美咲が健人のバイト先まで把握していることに驚きだ。稜から聞いたのだろうか。
「ちょっと二人で話がしたいんだけど……いいかな?」
健人はわけもわからないまま、わざわざやってきた美咲を邪険にも出来ずに「いいよ」と頷いた。
美咲と二人、深夜の街を歩いている。
「あのね。私もうすぐ結婚するの」
「知ってる。噂で聞いた」
「そうなんだ。早いね噂って」
大学内での有名人、美咲に関する噂はまたたく間に共有されていくのだろう。
「それって全部、稜のお陰なんだ。私、稜には本当に感謝してるの」
どういう意味だ? 稜がキレイさっぱり別れてくれたから……?
「健人くん、稜から聞いてないの? 私達の関係」
「何のことだ……? 俺は、稜と美咲ちゃんはずっと恋人同士だと思ってたけど……」
健人の反応を見て、美咲は「やっぱり」と声を漏らした。
「稜は健人くんにも話さなかったんだね……。健人くんなら話してくれて良かったのに、稜はホントに律儀なんだから……」
さっきから美咲の話が全く見えてこない。二人は恋人同士じゃなかったのか……? いや、でも大学で二人は公認のカップルで、二人手を繋いだり、腕を組んで歩いているところを皆、目撃している。間違えないようのない事実のはずだ。
「私と稜は偽物の恋人同士だったんだ」
「え?!」
美咲の意外な告白に思わず声が大きくなってしまった。
「私が稜に頼んだの。私が泣いてたから同情して恋人役を引き受けてくれたんだよ。稜って優しいから」
稜が、偽物の恋人役……?!
「な、なんでそんなことを?」
「私ミスコンのグランプリに選ばれてから、毎日のように色んな人に言い寄られちゃって、ちょっと疲れちゃったの。ストーカーみたいな人もいて、かなり参ってたんだ」
下手な芸能人よりも美人な美咲は確かにものすごくモテていた。平凡にはわからない美人ならではの悩みなのだろうが、聞く人が聞いたら嫌味にしか聞こえないような内容だ。
「ある日ね、ストーカーくんが大学の廊下で突然私に抱きついてきた事件があってね、その時に助けに入ってくれたのが稜だったの」
稜らしいなと思う。稜はいつも困ってる人を放って置けないタイプの人間だから。
「そこで、怖くて泣いてる私を慰めてくれて、親身になって今後どうしたらいいのか一緒に考えてくれたんだよね。稜もすごくモテるから、私の気持ちわかってくれたみたい。その時に私と稜が出した結論が、二人で『擬似カップル』になろうってことだったの」
美男美女、お互いモテる者同士だ。確かに恋人がいれば言い寄る奴は激減するだろう。
「でも、偽物じゃなくて本当の恋人を作ればよかったんじゃないのか?」
美咲ほどの女なら、いくらでも本物の恋人が出来るんじゃないかと思う。
「それがね、健人くんだから話すけど、私には実はずっと付き合ってる人がいて、でもその人はテレビに出てる有名人で内緒にするしかなかったの……」
「え?! 誰?!」
ごめん、美咲ちゃん。俺はその相手の有名人が誰か無性に気になる。
「もうすぐわかるよ。私が大学卒業したら結婚発表する予定なの」
そう話す美咲はとても嬉しそうだ。やっと念願叶って好きな人と堂々と人前で過ごせるようになるのだから。
「私の彼氏には、稜のこと最初からちゃんと説明したよ。稜は擬似恋人で、結婚発表が近づいたら別れることにするからって。ちなみに稜は会ったことあるよ、私の彼氏に」
「そうなのか……。俺、稜からはそんな話何にも聞いたことなかったな……」
「で! 私がなんでこんなことを健人くんに話にきたのか、わかった??」
美咲は急にキッとした視線で説教モードだ。
「稜のためだよ。みんなに嘘ついて偽物の恋人を演じてくれて、別れる時期になったら『俺が振られたことにしよう』とか言っちゃって、私は無事に結婚できそうだけど、稜は……」
美咲は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね、私は稜と健人くんの仲に気がついちゃったの。私達が擬似恋人になるってなったときに、稜は『俺もその方が都合がいいから』って言ったんだ。稜も私みたいに隠したい恋人がいるのかなってその時に思って、その後の二人を見てたらなんかピンときちゃって……。でも稜は認めなかったよ。健人くんのことは友達だって言ってた」
友達。セフレ。恋人。稜は俺のことをどう思ってたんだろう……。なんだかわからなくなってきた。
「稜に会ってよ。それとも健人くんはもう稜のことなんてどうでもよくなっちゃったの……?」
そんなこと、あるわけない。
だって俺は稜にはれっきとした彼女がいて自分はセフレだと思っていたから、それが辛くて稜の前から消えたんだ。
でも美咲と稜は擬似恋人だった。だとすると、あの時の稜は本当に俺だけを好きでいてくれてたのかもしれない。
だったら。
でも——。
俺は逃げた。何も言わずに突然、稜の前から消えた。
その仕打ち、稜は許してくれるのだろうか。
でも。
でも。
頭の中はデモデモダッテの繰り返しだ。堂々巡り、どうしたらいいのかわからない。
「健人くん、お願い。稜をひとりにしないで……。きっと稜は待ってるよ。私はそう信じてる」
美咲に言われてハッとする。
俺を許すも許さないも選ぶのは稜だ。
稜に会ってこっ酷く拒否られるか、許されるのか、はっきりしてみたい。
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