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番外編『稜の誕生日〜やっぱりツンがデレる話〜』
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3月18日。今日は稜の誕生日だ。
けれど、稜と会う約束はしていない。
稜に誕生日に会えるかどうかを訊かれて、健人は「就職先の新人研修があって、会えるかどうかわからない」と答えてある。
本当は研修はないし、朝から稜の誕生日を祝うための準備をするつもりなのだが、そのことは稜には内緒だ。
稜は、昼間アルバイトがあると言っていた。だから家に帰ってくるのは夕方になるはずだ。
今日の午前中には稜へのプレゼントが宅配便で届く。それを受け取ったあと、合鍵は持っているからプレゼントを持って稜の家に行き、サプライズディナーとして手作りケーキと料理を用意する手筈だ。
健人は稜にプレゼントなんてしたこともないし、手料理を振る舞ったこともない。きっと稜はこのサプライズを喜んでくれるのではないかと健人は密かに期待している。
ピンポーン。
健人は玄関に急ぐ。てっきり待ち望んでいたものが届いたとばかり思っていたのに、ただの書留めだった。
もうすぐ12時になるのにおかしいな、と購入履歴を確認して青ざめた。
今日発送となっており、届くのが翌日以降になるようだ。
「やっべぇ!」
これは確認ミスだ。ギリギリ間に合うと思って注文したのに、『5営業日で発送』の日数を数え間違いしたようだった。
誕生日にプレゼントがないなんて最悪だ。けれどプレゼントはすでに購入済みで、今から他のものを買う予算も時間もない。
——稜に、プレゼントは明日渡すからって、言うしかないか……。
その代わり、手紙を書くことにした。何もないのでは格好がつかないから、とりあえず手紙を先に渡しておく作戦に切り替えた。
◆◆◆
食材の買い物をして、合鍵を使って稜の部屋に入る。
稜は少し前に引っ越したばかり。稜の就職先の近くにあるロフト付きのワンルームマンションで、小さいシステムキッチンに洗面台まである、設備の整った真新しいマンションだ。
新しい稜の部屋に入るのは、これでまだ二度目。
「あいつって、案外綺麗にしてるんだよな……」
時間がないない言うわりに、稜はきちんとした生活を送っている。細かなところまで掃除は行き届いているし、健人とは違い、ひとり暮らしでも毎日のように料理をするらしくキッチン用品はひととおり揃っている。
「よし!」
買ってきた食材を小さなひとり暮らし用の冷蔵庫に無理矢理詰め込んで、サプライズの準備にとりかかる。
スマホで作り方を調べつつ、見よう見まねでやってみる。が、これがかなり難しい。
なぜかスポンジケーキは膨らまないし、ハンバーグは焦げているのに中は生焼けになってしまい、なんともひどいものができあがる。
このままではお祝いのケーキも料理もままならない。
無駄な時間が過ぎ、失敗作だけが山になる。もうすぐ稜が帰宅するかもしれない。このままでは何も用意できないまま稜をむかえることになってしまう。
健人は涙目になりつつ、今度はハンドブレンダーでボウルに入れた生クリームを泡立てようと試みる。
「うわっ!」
どういうわけか生クリームが飛び散り、あたりじゅうが生クリームだらけになる。健人自身も生クリームを浴びて、顔も服もベッタベタだ。
「最悪だよ……やっば、どうしよう……」
慣れないことをいきなりするものじゃない、と後悔してもそれは先に立たず。
とりあえず汚れたTシャツを脱ぎ捨て、飛び散った生クリームの掃除をする。
髪までベタベタなので稜の家のシャワーを借りてサッと洗い流して、申し訳ないが稜の服を勝手に借りた。
借りたのは椅子の背もたれをハンガー代わりにして引っ掛けてあった稜の長袖シャツだ。健人にとってはオーバーサイズだがクローゼットをあさるのは忍びないし、とりあえずパンツ一枚でいるよりはいい。
わずかな足音のあと、ガチャリと扉が開く音が響く。
健人はハッと息を呑む。なにもできないまま、稜が帰ってきてしまった。
ドアを開ければすぐにキッチンだ。ワンルームマンションに隠れる場所なんてない。
「なんでいるの? てか、それ俺の服……? え? どゆこと?」
まさか誕生日サプライズを仕掛けようとしていたとは言えない。だってプレゼントも用意してなければ、ケーキも料理も何もできてないのだから。
「いや、あのさ、研修が思ったより早く終わってさ、職場から稜の家のほうが近いしちょっと寄らしてもらったんだ」
「へぇ。健人の会社の新人研修はスーツじゃなくていいんだ」
稜は健人がさっき脱ぎ捨てたTシャツを見て言う。
「そ、そうなんだ……今日だけは、ね……」
苦しい。苦しすぎる言い訳だ。
「キッチン、使ったんだ」
「あ、あの、腹減ったからなんか作ろうと思って……ごめん勝手に使わせてもらってる……」
「いいよ、健人なら俺んちを自由に使ってくれて構わない。そのために合鍵渡してんだから。でも、健人がわざわざ料理?」
「べっ、別に稜のために作ろうとしたんじゃない。俺が食べたくてさ」
「作ったものはどこ?」
「へっ?」
まさか失敗作を稜にお披露目するわけにはいかない。
「冷蔵庫?」
「いや、もう食べたっ!」
稜が冷蔵庫のドアを開けるのを阻止したかったのに、一歩間に合わず、中を見られてしまった。
「なにこれ」
冷蔵庫の中にはケーキもどきの食べられるかどうかわからないものと、ただ野菜を切っただけのサラダ、焦げたハンバーグかもしれないものが入っている。
「なんでもない。なんでもないからっ。それ捨てようと思ってたやつ!」
「健人、お前さぁ、キッチンめちゃくちゃじゃん。何をどうしたらこうなるんだよ」
痛いところを突かれた。片付けが間に合ってなかったのだ。勝手にキッチンを使われて、こんなにめちゃくちゃにされたら怒っても当然だ。
「……ごめん、今から片付けるとこ」
結局、稜のために何もできなかった。お祝いどころじゃない。キッチンと部屋を汚して勝手に服まで借りただけの迷惑な奴になっただけ。
——何やってんだ、俺。
健人が、大量の洗い物に手をつけようとしたとき、稜に身体を引っ張られる。
「えっ?」
健人が振り向いた途端に、稜に唇を奪われた。
完全に、不意打ちのキスだ。
「俺、やっぱ健人のこと大好きだ」
稜に優しい瞳で見つめられ、ふんわりと髪を撫でられる。
その瞳にドキドキする。稜は顔がよすぎるから見つめられたときの破壊力が半端ない。
「俺、全部わかったから。健人は十分頑張っただろ? だから片付けは俺がやる」
「な、何がわかったんだよ……」
「お前が何をしようとしたか、だよ」
「えっ……?」
そうだった。稜はいつだって健人の行動をめざとく見抜いてくるタイプの男だ。
「普段料理なんてしないくせに、俺のために手作り料理を披露しようとしてくれたんだろ?」
「いや違うって! 俺が腹が減っただけ!」
「いいからいいからわかってるって。お前がどれだけ苦戦して作ってくれたのか、このキッチンを見ればわかるから」
さすが稜だ。素直になれない健人が言えないことも全部汲みとってわかってくれて、それを労ってくれる。
健人はウルっとくる目尻を、稜にバレないようにサッと拭った。
「健人が俺んちに勝手に来てくれたことなんて初めてだよな? いっつも合鍵渡した甲斐がないって思ってたんだよ。お前に会えないと思ってたのに、こうやってサプライズで部屋にいてくれるのすげぇ嬉しい。こんなことしてくれたの、今日が俺の誕生日だからだろ?」
「違ぇよ! たまたま通りかかっただけ! プレゼントも用意してないし……」
「俺にとっては誕生日に健人に会えたことが最高のプレゼントだ。しかも彼シャツ着て、シャンプーのいい匂いさせて、まさかお前、俺を誘ってんの?」
「違くてっ! 服汚して借りただけだ……んんっ……!」
稜に再び唇を奪われ、今度は口内まで犯される。同時に身体をエロい手つきで弄られるから、だんだんと健人の気持ちが高ぶってくる。
「健人、このまま抱いていい?」
「なっ……!」
「お前、ベッドの上だと素直になるからさ。聞かせて、お前の本音」
性急すぎやしないか、と思うが、今日は稜の誕生日だ。誕生日くらいは稜の好きにさせてやりたい。
「べっ、別にいいけど……」
「いいの!?」
「今日だけ、と、特別だからな……」
それに本音を言うと、健人もキスだけじゃ足りない。もっと稜を感じたいな、と思っている。
「なんなの? 今日の健人、めちゃくちゃ可愛い……」
稜に再びキスをされる。本当に稜は顔をみればキスを仕掛けてくるから、実はこいつはキス魔なんじゃないかと心配になる。
腕を引かれて連行され、稜の部屋のベッドの上に突き飛ばされた。
「おいっ! 突き飛ばすことないだろっ……」
健人が文句を言ってやろうと思い、稜を振り返った途端、上から稜が覆い被さってきた。
「ごめん。好き。大好き」
稜にキスをされ、好きと言われて何も言えなくなる。
「今日は研修で会えないって聞かされてたのにさ、健人に会えて、こんな最高のサプライズされて、すっごく嬉しいよ」
「いや、だから俺は何も……プレゼントだって、俺のミスで間に合わなくて明日になっちゃったし——」
「大丈夫。プレゼントなんてなくてもいい。健人がいれば他に何もいらないよ」
「料理だってめちゃくちゃで、ケーキもできなかったし——」
「何も問題ない。どんな味でも形でも健人の愛情が詰まった料理なら涙が出るくらいに美味しいに決まってる」
「お前、いつも家をキレイにしてるのに、俺がめちゃくちゃに汚しちゃったしさ——」
「そんなの構わない。俺のものは健人のものだって思ってくれていいから」
稜はベッドの上で健人の身体をぎゅっと抱き締める。
「俺のためにいろいろ準備して、頑張ってくれたのか?」
「別に、そっ、そんなことねぇし」
稜のために努力したことがバレて気恥ずかしくなり、健人はすぐ近くにあった稜の枕を引っ張ってきて枕で顔を隠す。
さっきから顔が熱い。稜に迫られて真っ赤にしている顔を見られたくはない。
「ん? なんだこれ」
あっと思ったときには、稜に取られていた。それは、枕の下に仕掛けてあった健人が書いた稜への手紙だ。
やばい。隠していたことをすっかり忘れていた。
本当ならサプライズパーティーが終わって稜とイチャイチャして、健人が帰ったあとに『枕の下見てみろよ』とメールをするつもりだったのに。
「おいっ、見るなっ!」
稜から手紙を奪おうとしたのに、呆気なくいなされる。
無情にも稜は封を開け、中身の手紙を読み始めた。
「えーっと……」
「こらっ!」
やばい。やばすぎる。手紙の内容は痛々しいくらいに稜への愛を語ってしまっている。
最後の文章は『Happy Birthday稜。来年の誕生日も、その次の誕生日も、ずっと一緒にいたい。稜、大好き』だ。
「健人、お前は、サプライズなしに見せかけてこんなサプライズを俺に仕掛けようとしてたのか?」
稜が身体を震わせた。あの小っ恥ずかしい手紙で、喜んでくれたのだろうか。それとも驚き呆れているのだろうか。
「あの、いや、プレゼントが間に合わなかったから、その……あの……」
手紙を書くなんて恥ずかしい奴だと思われただろうか。メールだってあるし、そもそも面と向かって気持ちを伝えればいいのに。
「もしかして健人って、俺のことめちゃくちゃ愛してくれてるの?」
稜はやたらと嬉しそうな顔で健人に迫る。
「バカ……そんなこと今さら聞くなよ……」
健人は稜を直視できなくて目を逸らす。
稜のことが大好きに決まっている。大好きだから一緒にいるし、稜のことを喜ばせたい一心で、サプライズだって仕掛けたのだから。
「すっ……」
いつもなら、誤魔化してしまうところだ。でも今日だけは、誕生日くらいは気持ちを伝えてみたい。
「好きに決まってる。誕生日サプライズ失敗した俺を責めたりしないし、いつも俺に優しくて、なのにめちゃくちゃかっこよくて、す、好き……」
普段なら絶対に言えないようなことを言ってしまった。
言ってしまってから恥ずかしくなって、健人は稜の身体に腕を回して抱きついた。こうすれば顔を稜に見られないで済むからだ。
言葉にするのは苦手だから、いつもこうやって稜に抱きつくことしかできない。
「やば……」
稜の身体が小刻みに震えている。
「好きって言ってもらえなくてもいい、健人はそういう奴だし、健人の気持ちは俺にはわかるからってずっと思ってたけどさ、いざこうやってお前に言われたら……泣くほど嬉しい……」
「バカ……こんなことくらいで感動すんな」
「好き。健人、大好き」
どうしよう。ベッドの上で稜に抱き締められ、好きと言われて嬉しくて、たまらない気持ちになってきた。
「健人。今日、俺誕生日でさ」
「うん」
「やっぱりプレゼントが欲しい」
「だから無いんだって、俺のミスで……」
「じゃあ健人をもらってもいい?」
「はっ?」
なんだか稜はニヤニヤしている。こういうときの稜は何か企んでいる。嫌な予感しかない。
稜は冷蔵庫から″何か″を取り出し、すぐにベッドに戻ってきた。
「生クリームと一緒に健人を食べてみたい」
「はぁっ?」
稜が手にしているのはケーキ作りのときに余った生クリームだ。稜はそれを健人の頬に塗りつけてきた。
「おいっ、えっ? ちょっ……! あぁ…っ」
稜は頬についた生クリームを舌で丹念に舐めている。それが、くすぐったくて、首元まで舐められるとちょっと変な気持ちになってくる。
「美味しい」
稜は健人の唇までペロリと舐めた。
「こっちもいい?」
稜は健人の着ていた稜のシャツのボタンに手をかけた。
「おい、マジかよ、待って……」
「健人。ケーキになる覚悟はできたか?」
「はぁあっ??」
「俺のために人肌脱いでくれるよな?」
「いや、えっ? ええっ?」
「用意、してくれてたんだろ? 俺のためにケーキになる用意を」
「違うって、冷蔵庫見ただろ? ケーキはあっち!」
そのあと、稜にケーキにされて最後まで美味しく食べられることになるとは思いもしなかった。
——番外編『稜の誕生日〜やっぱりツンがデレる話〜』完。
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