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【四歩】-1
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宮原雅也(みやはら まさや)は反対車線を走ってくる一台のバイクに目を向けた。空はすっかり深い夜の色をしていたが、等間隔に灯された街灯の下、ヘッドライトをつけたそれがYAMAHAのSR400であることは遠目にもわかった。
雅也自身はバイクに乗らないし、今乗っている車も特にこだわりがあって選んだわけではない。どちらかというとメカニック系には疎く、関心も薄い。ただたまたま大学の友人がバイク好きで、在学中に何台か乗り換えていたのを思い出したのだ。その中の一台がYAMAHAのSR400だった。
じつに懐かしい思い出だった。あの頃は毎日が楽しかったなと思う。何に縛られるでもなく、生きていれば明るい未来が待っているのだと信じていた。
普通に就職して、普通に結婚して、普通に子どもに恵まれて。しかしそんな当たり前のような生活が当たり前ではないことに気がついたのは、つい最近のことだ。
雅也は今、絶望の淵にいた。視界のどこにも道を照らす街灯のような心強い灯りはなく、やっとのことで踏み出した足も、どろっとした得体の知れない液体に嵌って抜けなくなってしまっていた。自分に絶望し、周囲に絶望し、神を憎んで、そうしてやっぱり自分を憎んだ。
そんな雅也の心の内を知ってか知らぬか、それでも毎日は当たり前に過ぎていく。このまま歳をとった先に何が待っているのか、今の雅也にはさっぱり想像もつかなかった。
「誰か救ってくれ」
ひとり言が尻を振って雅也を笑った。そんな他力本願で抜け出せるはずないじゃないかと手を叩いて笑っている。
「はっ……だよな」
今だって出張報告をまとめていたほうが賢明なのに、頭の中を巡っているのは中二病を拗らせたようなどうでもいいことばかりだ。それでもひとりになればやっぱり願わずにはいられなかった。
幻でいい。そっと手を差し伸べ自分を引き上げてくれる力強い存在がほしい。いや、そこまでじゃなくていい。今を忘れられたらそれだけで十分だ。
雅也は軽快に擦れ違っていったバイクを、バックミラー越しに覗いた。
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