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【四歩】-2
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後ろに乗せているのは友人だろうか。腰にしっかり手を回している。雅也も同級生のバイクの後ろに乗った際に、腰に手を回せと散々いわれたのを思い出した。男同士の気恥ずかしさから文句を垂れたのを覚えている。
あの二人はどこに向かっているのか。きっと辿り着いた先には自分なんかとは違う明るい未来が待っているのだろう。
「はは、羨ましいな」
雅也はフロントガラスに視線を戻した。未来は見えなくとも、今は安全に家まで帰らなくてはいけない。誰が待っているというわけでもないが、明日も明後日も仕事だけは自分を待っている。
雅也がアクセルペダルに力を入れたその時だった。後方で微かに何かが転がる乾いた音がしたような気がして、反射的にバックミラーに目を向けた。嫌な予感が脳裏をよぎる。
だがそこには後方を走る車と暗い夜道が続いているだけで、通り過ぎてきた街並みにはこれといった変化はなかった。
さっきから妄想ばかりしているせいできっと幻聴でもきいたのだ。雅也は胸騒ぎを落ち着かせようと、そう自分にいいきかせた。
普段は車でラジオなんかきかないくせに急に人の声が恋しくなって、Bluetoothで繋いでいた音楽をラジオに切り替えた。適当にチューナーを合わせると、名前も知らない番組のジングルがきこえてくる。
静かなトーンで流れるクラシック音楽をバックにお便りコーナーが始まり、他人の恋愛相談なんかいちばんどうでもいいはずなのに、「大変ですよね」とか「わかります」と優しく寄り添っているのをきくと、元々弱めの涙腺がさらに緩んだ。
結局のところ、誰かに話をきいてもらいたいだけなのだ。ただうんうんと相槌を打って、そして大丈夫だといってもらいたい。この悩み相談をしたリスナーも自分も、根拠のない安心が欲しいだけなのだ。
だからきっとそんな相手が突然目の前に現れた時、縋りつくのと同時に何か大切なものを見落としてしまったとしても、それは詮方ないことのように思う。それでも後悔せずにいられないのは、きっと彼を愛しかけていたから。
今思えばこの時からすでにカウントダウンは始まっていた。音もなく一歩一歩近づいてくる甘い誘惑のような深い悲しみは、あまりに日常すぎて、彼の世界がゼロになるそのときまで、雅也は気づくことができなかった。
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