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【三歩】-19
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公務員の幸平と違い、智明はデザイン会社で働いている。大手の下請けをするような小さい会社だ。それでもというかそれだからなのかいつも帰りが遅い。幸平も残業があるにはあるが、遅くまで残ってはいけない暗黙の掟のようなものがあり、現代の社会人にしては帰りが早い。だから大抵の場合、幸平は先に帰宅して智明の帰りを待つことになる。
おかげで今やふたりの間で交わされる「ただいま」「おかえり」「幸兄、何もなかったか?」「大丈夫。智明は心配し過ぎだよ」というやり取りは、夫婦で交わされる「おかえりなさい。ご飯にします?それともお風呂?」という会話よりも定番になりつつあった。
「そうはいってもやっぱり心配だよ。いざという時はこの家も出る気でいるから。不安に思うことがあったらすぐにいえよ」
智明の味噌汁をよそいながら、幸平は驚いて智明の大真面目な顔を凝視した。新妻さながらのエプロン姿だ。爽やかなブルーに白のストライプ柄。夕飯を担当することになった幸平のために、智明がわざわざ買ってくれたのである。
「どうしてそんなによくしてくれるのさ。今だっていきなり転がり込んできて迷惑してるだろ。もし何かあったら、その時は俺だけ出ていくから。智明にはこれ以上迷惑はかけられない」
いくら幼馴染みとはいえ、智明にそこまで幸平の世話をする義理はない。それでなくても男がどれほど粘着質なタイプかは知らないが、幸平を匿っているというだけで被害が及ぶ危険があるのだ。
「そういうなって。幸兄を追い出したなんてことになったら俺がユキにどやされるんだからさ。頼まれてんだよ、兄貴をよろしくって」
「ユキ……か」
「そう。今日も電話あったよ。こっちは仕事中だってのに。あいつ幸兄にも電話したんだろ?そのくせもしかしたら兄貴は俺に遠慮して嘘をついてるかもしれないからって、わざわざ確認してきたんだよ」
すっかり部屋着になった智明が、幸平の座っていたソファーの空いた僅かなスペースにどっかと腰を下ろした。ソファーはきちきちで、押し潰される前に逃げるように端へ避ける。目の前にはご飯と味噌汁と麻婆豆腐。それに昨日の残りの煮物が二人分並べられている。
幸平の部屋には洋之と暮らしていた頃の名残で小さな食卓があったが、幸平が来るまで一人だった智明の部屋にはパソコン用の仕事机しかなく、テレビの前に置かれたローテーブルとソファーで食べるのが、二人の基本の食事スタイルになっていた。
「ってことだから気を遣ってユキに嘘なんかつくなよ」
伺うように顔を覗き込まれ、あまりに近い距離に幸平は身を引くように顔を背けた。
「智明は……ユキのことどう思ってる?まだ好きなのか?」
いただきますと手を合わせ、平静を装うように箸を持つ。だが口を衝いてポロリと零れたのはそんな些細な、それでいて二人にとっては特別な質問だった。
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