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【三歩】-35
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何時間が経っただろう。薬はすっかり抜けているが、体は怠くて鉛のように重い。スピーカーの声も今はもうきこえておらず、だからだろうか。男の声が実際よりもやけにクリアに感じる。
「今日は素晴らしい一日だった。おかげでいい画が撮れたよ」
「いい、画……?」
「ああそうだ、せっかくだから洋之くんに見せてあげるのもいいね」
それは男が何気なく吐いたセリフだった。からかうつもりだったのかもしれない。けれど幸平の目の前に突如としてもたらされたのは、真っ黒な闇に包まれた絶望だった。
もしも洋之に知られたら――幸平の恐れている最悪の事態を招くことになるだろう。
「駄目だ…!」
幸平は男の足に縋った。お願いだからそれだけは止めてくれと、頭を下げる。懇願が受け入れられるならなんだってするつもりだった。
男は軽蔑の眼差しで幸平を見下げていた。
「……洋之くんもひどい弟だな」
男はそう独り言のように呟くと、しゃがんで幸平の頭を床に押し付けた。
冷たいフローリングの感触が額から伝わってくる。幸平の絶望の海はじわじわと、だが確実に広がっていった。
「パズルはね、次のピースを探しているときがいちばん楽しい」
男は幸平の頭に乗せていた手をそっと離すと、床に擦れて赤くなった顎をぐいっと持ち上げた。
「だから最後のピースは……そうだな、違うパズルと入れ替えてみようか」
息もできないほど喉を仰け反らせた幸平の目に、ビデオカメラのレンズが光った。それは抗うことのできない波に攫われる前に見た、最後の灯台の光だった。
「これはサービスしておくよ」
そういって男は含み笑いすると、幸平の腕に慣れた手つきで注射針を差し込んだ。
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