アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
【二歩】-15
-
寮に着くと、洋之はさっそく幸平に電話をかけた。べつに告げ口をするためではない。元々男から連絡があったことを伝える予定だったのだ。
それに殴り合いの喧嘩をしたことは内緒にしておこうという智明の意見に、洋之も賛同していた。無駄に心配させるようなことはしたくなかったし、理由を説明するのが難しかったからだ。
普段通りのテンションになるよう心がけながら、洋之は話し出す前にもう一度呼吸を整えた。
「もしもし」といういつもと変わらない幸平の声にほっとする。智明が傍にいるだろうと思ってかけた電話だったが、自分よりも早く着いていていいはずの智明は、どうやらまだ帰ってきていないようだった。
軽い挨拶の後、洋之の口から男の名前が発せられると、幸平は電話越しにも怯えているのがわかるほど声を震わせた。
以前、ストーカー被害を警察に相談しているといっていたが、あれは嘘だと洋之には見当がついていた。なぜならそう簡単に相談できる内容ではないからだ。公務員が売りをして男に狙われているなど、事と次第によっては幸平の人生を狂わせかねない。
だから洋之はひとりになるなと、心配だからと強く幸平にいいきかせた。いったところで回避できる問題ではないが、いわないよりはマシだろう。
「それとさ、兄貴」
「ん?」
洋之が口にしようとしたのは、幸平に対する自分の想いだった。なぜだか無性にこの想いを言葉にしないといけないような気がしたのだ。今思えばこういうのを虫の知らせとか第六感というのだろう。
しかし洋之は踏み止まった。大切なことは電話口ではなく、直接会って伝えたかったからだ。
「……あ、いや……いいや。ごめん、なんでもない。それじゃあとにかく気をつけて。仕事も人の多い時間に行けよ」
「はは、ユキは口調が母さんにそっくりだな」
「はいはい。それじゃあ兄貴おやすみ。また連絡するから」
「……おやすみ、ユキ」
そういえば、この時口調が母にそっくりだといって幸平は笑っていた。てっきり母のことを嫌いなんだと思っていたから、ずっと疎ましく思っていたわけじゃないと知って安心したのを覚えている。おそらく幸平は幸平なりに母のことを心配していたのだろう。
電話を切った後も洋之はなかなか寝付くことができなかった。興奮と緊張が入り混じって体が熱い。
まさか明日には幸平がこの世からいなくなるなど想像すらしていなかったから、ずっとはめずにいたパズルの最後のピースを、かちりとはめるシミュレーションばかり繰り返していた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
53 / 84