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【二歩】-25
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「実はね、僕……離婚したんですよ」
宮原の言葉は敢えて淡々とした口調になるよう努めているようだった。だがその端々からはまだ痛みを引き摺っている印象を受ける。
「先週出してきたんです。役所に」
「離婚――ですか……というか宮原さん、ご結婚されていたんですか?」
初耳だった。洋之の動揺ぶりに宮原も驚いたようだったが、すぐに頷き肯定の意を示した。
「そうだったんですか……いや、驚いてしまってすみません。その、指輪もしてらっしゃらなかったし、一度もそういったお話にならなかったからてっきり……」
「はぁ、そうなんですよね。町田さんとお会いしたときにはほぼ別居状態だったので、敢えてお話することもなかったというか、まぁ恥ずかしい話ですから」
「恥ずかしい話だなんて。そんな、今はもう離婚だって珍しいことではないですよ」
「はは、確かにそうですね。僕の周りでもまあ何人かは。ただ原因が妻の浮気だったものですから。男としてはこれほど甲斐性のないことはないなと……いや違うな。僕がね、悪かったんですよ。仕方のないことです」
洋之は黙ってしまった。かける言葉が見つからなかったのではなく、口を開けばついこの場にいない宮原の元妻に罵詈雑言を浴びせかねないと思ったからだった。
しかしふつふつと腸が煮え繰り返りそうになりながらも、一方ではその元妻に感謝もしていた。妻がいてはどうしたって洋之に勝ち目はない。この千載一遇のチャンスを逃す手はないと、洋之はこっそり乾いた唇を湿らせた。
「よかったらこの後、私の家で呑み直しませんか?」
洋之の誘いに宮原の瞳が一瞬揺らいだ気がした。警戒しているのか何かを期待しているのか、宮原の心は読めない。
しばらく見つめ合っていたが、先に逸らしたのは宮原の方だった。
「ありがとうございます。でも今日は帰ります。遅くまで付き合っていただいてありがとうございました。町田さんにきいていただいたおかげで気持ちが少し晴れました」
宮原の笑顔は薄く、眉宇には葛藤が滲み出ていた。押せばなんとかなるかもしれないと思ったが、洋之はきき分けのよい振りをしてわかりましたと身を引いた。
「あの……」
宮原が遠慮がちに口を開いた。洋之が黙って先を促すと「もしよかったら……今度お兄さんに会わせてもらえませんか」と続けた。
宮原がどうしてこんなことをいい出したのか理解ができず、洋之は探るように宮原を見た。が、瞳を覗きこんだくらいではその胸の内を推し量ることはできない。
「図々しいことをお願いしているのは承知の上なんですが、一度ご挨拶できたらと。町田さんからお兄さんのお話を伺っている内に勝手ながら他人には思えなくなってしまって」
「それは……別に構いませんよ。というより嬉しいです。宮原さんがそんな風に兄のことを思ってくれていたなんて。あぁそうだ、それなら来月兄の一周忌なんです。法要に出るのもあれですから、よかったらその前に。一緒に墓参りにいってもらえませんか?宮原さんのお仕事の都合にもよりますが。それで夜は一緒にご飯でもどうでしょう?」
「来月……いつですか?予定を確認してみます。ぜひ一緒に行かせてください」
宮原の真剣な眼差しを受け止めて、洋之は自然と笑顔になっていくのを感じた。いつも胸ポケットに入れている幸平の薬指の骨が、存在を主張するかのように、微かに熱を持った気がした。
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