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【二歩】-29
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話をしていると目的地まではあっという間だった。一人の時だとあんなに長く感じる距離も、今日は全く苦ではなかった。
墓地の駐車場に車を停め、用意した花と線香を手に宮原と幸平の元へ向かった。花も線香も法要の時に供え直すだろうから必要ないといったのだが、だからなくていいというものではないからと、宮原は頷かなかった。
予想していた通り墓石の周りは綺麗に掃除が行き届いており、生けたばかりとわかる花が供えられていた。智明のしたことだというのは明白で、もしかしたらまだ近くにいるかもと洋之は辺りを見回してみたが、それらしき姿は見当たらなかった。
雑巾で墓石を拭い、花立の隙間に持ってきた花を挿し込む。宮原は遠慮してか後ろの方に自分の花を生けた。
しゃがみ込み背中を丸めて手を合わす宮原の姿は、まるで幸平が自分の墓石に手を合わせているようで、洋之は堪らなく悲しくなった。必死の形相を見られたくなくて、洋之も宮原の隣に並ぶと幸平に手を合わせた。
「兄貴、この人がいっていた宮原雅也さんだよ。兄貴に似てるだろ?」
そう洋之が心の中で語りかけた時だ。一際強い風が二人の間を吹き抜けていった。まるで二人を引き裂こうとしているかのようで、洋之は幸平が嫉妬してくれたのだと嬉しくなった。
洋之が目を開けても宮原はまだ瞼を閉じたままだった。長い睫毛に自然なままで口角の上がった唇。宮原の横顔が完全に幸平とシンクロして見えた。
「……兄貴」
洋之は無意識に宮原の頰に手を伸ばしていた。
洋之に触れられ、弾かれたように宮原は顔を上げた。その瞳は驚愕に見開かれている。似ていない。それでも洋之の目に映っていたのは紛れもなく幸平だった。
「愛してる。ずっと俺の側にいてくれ」
幸平の体を引き寄せる。冷たいはずの幸平の唇には、生きた人間の温もりがあった。霊安室で感じたあの冷たさは嘘だったのだと、洋之は安堵した。しかしそんな夢のような時間はそう長く続いてはくれない。
幸平は返事をする代わりに立ち上がると、悲嘆に暮れた顔で洋之を見つめた。首を横に振り、唇を噛み締め、洋之に背を向ける。
また行ってしまう……
洋之が慌てて「待って!」と呼び止めた時にはすでに駆けていった後だった。急いで後を追ったが、あと一歩のところで幸平はタクシーに乗り込み、洋之を振り切るように行ってしまった。
茫然としたまま元いた場所に戻ると、真新しい墓石に幸平の名前を見つけた。
「幸平?あぁそうか、兄貴はもういないんだ……」そう呟いた途端、現実の波が洋之を襲った。一気に飲み込まれて外界の音が遮断される。他には何もきこえないのに、自分の心音だけはやけに煩くきこえた。
次第に周囲の雑音がきこえてきて、洋之はハッと息を呑んだ。「さっき俺は何をした?」そっと唇に触れ、その感触を確かめる。間違いない。温もりを感じたあの唇は――洋之は救いを求めるように宮原が走り去った後を見つめた。
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