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【二歩】-33
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中にはベッドが一台だけ置かれていて、これも揃えたのかと思えばぞっとすると同時に吐き気がした。そしてその上には――
洋之は咄嗟に口を手で覆っていた。思わず叫び出しそうになったのだ。目を閉じたその姿が霊安室に横たわっていた幸平と重なった。
「寝てるだけだよ。疲れてるみたいだったからいつもの睡眠薬を飲ませてあげたんだ」
洋之は冷然と告げる智明を鋭く睨みつけた。
「墓参りに行ったら墓から幸兄が出てきたんだ。びっくりだろ?でも何も覚えてないみたいでさ。帰る場所がないっていってたから自分の家に連れてきてあげたんだ」
「ホテルに電話したのは?」
「俺だよ。自分の家があるのにホテルに泊まるなんて変だろ?」
洋之は再び布団に寝かされた宮原に目を向けた。寝ているだけだといわれてみれば確かに血色は悪くない。ほっと胸を撫で下ろすと、不意に首元に目がいった。真っ白なシャツがはだけて肌が露出している。
思わず握りこんだ拳が震えた。宮原はただ布団で寝ているだけ。そう思うのにさっきから頭では別のことを考えている。首元にうっすらと残るあの痣……一時、幸平の首についていたのと似ている。洋之は恐る恐る智明を見た。
「ユキには渡さない」
智明の口角が不敵に上がった。しかしその瞳は依然として死んだ魚のようだ。
「俺は幸兄を愛していた。本気で大切に思っていたんだ。でもユキ、お前は違った……そうだろ?お前の愛はただの自己顕示欲だ。歪んでるんだよ」
只ならぬ気配に洋之は息を呑んだ。何か大変なことがすぐそばまで迫ってきている、そんな焦燥にも似た圧迫感を覚えて立ち竦む。
「……ユキ」
押し殺したような智明の声に、洋之は無意識に首を横に振っていた。
「ユキ」
もう一度感情のない智明の声がする。
「……めろ……やめろ……」
「逃げるなんて卑怯だろ」
「やめろ……ッ違うんだ……」
近づいてくる声に洋之は首を振り、後退りながら両手で耳を塞いだ。
「お前のせいだろ」
「違うッ」
「幸兄を殺したのは……ユキ、お前なんだよ」
洋之の目の前が真っ赤に染まった。息ができない。痛いのか苦しいのかもわからない。ただあまりの衝撃に洋之は蹲った。
上手く息が出来ず、整わない呼吸に額には嫌な汗が伝っていく。咄嗟に伸ばした手は救い上げられることなく空を切った。上からは智明の赤く熱せられた鉄釜のような瞳が、キラキラと不釣り合いの涙を流して恨めしそうに洋之を見つめていた。
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