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【一歩】-6
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智明が幸平に電話をしたのは、ミステリアスに特定の相手ができたらしいという噂を耳にしたからだった。智明の頭に真っ先に浮かんだのは洋之で、ついに幸平に想いを告げたのだと思った。
しかしかけた電話に幸平が出ることはなかった。役所勤めの幸平は帰りが遅くなったとしても智明ほどではない。できれば久しぶりに会って話をしたいと思っていたのだが、三度目の留守電に繋がった時点で智明は諦めて帰ることにした。
それから何時間が経過しただろうか。布団に入っていた智明は着信音で目が覚めた。
寝ぼけ眼でスマホを耳に当てると、久しぶりに愛おしい人の声がした。だがその声にいつもの覇気はなく、途切れ途切れで何かがおかしかった。徐々に頭がはっきりとしてくると、幸平が泣いているのだということに気がついた。しかも外なのか雑音が酷い。時計を見ると朝の四時前で、智明は一気に目が覚めた。
愛車であるYAMAHASR400を飛ばして幸平の家に着いたのは四時半頃だっただろうか。殆ど信号に引っかかることもなく辿り着くことができたおかげで、過去最速のタイムをたたき出すことに成功していた。
息を切らしながら目の前のドアノブを回す。鍵が掛かってないと踏んだわけではなく、単にそれだけ焦っていたのである。
扉は抵抗なく開いた。部屋に明かりはついておらず暗闇が広がっていた。「入るよ」とひと声かけて玄関の電気をつけると、目を真っ赤に腫らしげっそりとやつれた幸平の姿が飛び込んできた。
一瞬にしていろんな感情が一気に競り上がってくるのを感じた。どうしたらここまで酷い状態になるのか。焦燥と共に様々な妄想が脳裏を駆けていく。
けれど智明はそういった全ての感情を押し殺し、幸平と対峙した。こういう時こそ冷静にならなければと思ったからだ。だが幸平の手首を横切る赤紫色の痣を目にした途端、隠していた動揺が激しく揺さぶられた。ドクンと大きく脈打って、全身の毛穴が開く。体が震えた。もちろん声も抑えが効かないほど震えていた。
隣に寄り添うように腰を下ろし、智明は黙って廊下の明かりを見上げた。沈黙の時間が流れる。幸平の口からポロリポロリとストーカー男の話が溢れ出したのは、それから暫く経ってからだった。
男をズタズタに刺し殺してやりたいと吐き捨てた幸平を胸に抱きすくめたのは、幸平を落ち着かせるためというより、自分の中の恐怖を封じ込めたかったのかもしれない。こうして掴まえてないとどこか知らない場所に行ってしまいそうな気がした。
一人で眠れないなら一緒に寝てあげると申し出たのは、それこそ確信犯だった。幸平を心配する一方で、これはチャンスだともうひとりの腹黒い自分が、耳元でしきりに囁いていた。
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