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【一歩】-13
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中身はすぐにでも目を覆いたくなるようなものだった。それでも智明は一切逸らすことなく画面を見続けた。念のため装着したヘッドフォンもつけたまま、微動すらしなかった。再生が終わると、智明は再び頭から再生を始めた。二回、三回。再生を繰り返せば繰り返すほど頭は冴え渡り感情が失われていった。
何度繰り返しただろう。外は白んでカーテンの隙間からは光が差し込み始めていた。いつもと変わらない朝。けれど智明だけは違っていた。世界が暗く重たく濁って見えた。
目を瞑れば動画の頭から終わりまで再生できたし、幸平の声も一言一句違わずアテレコすることができた。その中で気づいたのは、微かにきこえてくるレコードの声が洋之のものであること。そして相手の女が洋之の彼女とは別人であるということだった。
最初はなんとなくの違和感だけだった。けれど何度もきいているうちに、その違和感が徐々に浮き彫りになっていった。
これはわざときかせている。そう思ったのは女のほうがしつこいくらいに「洋之」と呼んでいたからだ。会食で彼女は洋之のことを「ヒロくん」と呼んでいた。これは間違いない。もしかしたらセックスの最中だけ呼び方を変えているのかもしれない。けれど洋之のほうはというと、一度も女の名前を呼ぶことはなかった。それどころかいちいち状況を説明するようなナレーションじみたやり取りが腑に落ちず、すべてが嘘っぽくきこえた。
ゾクリと背筋に悪寒が走った。これがわざとなら、洋之が敢えて男を宛がったということになる。自分の情事の声で乱れる幸平の姿をライブで楽しんでいたのか、それともこのデータで楽しむつもりだったのか……
自分のせいで幸平が死んだ。それは紛れもない事実だ。もちろんこの責任を自分は一生背負っていくつもりでいる。けれどこれじゃあ――洋之が幸平を殺したのと変わりない。幸平は洋之の自己満足のために殺されたのだ。
「ははは……くく……あはははは!」
可笑しくて悲しくて、腹の底から笑っているのに涙で視界が滲んだ。感情のコントロールが利かなくて、笑いはいつしか嗚咽へと変わっていった。涙が止まる頃には、激しい怒りも悲しみも苦しみも不甲斐なさも全部ひっくるめてコンクリートで押し固め、東京湾に沈めたように静かになった。
智明は着替えると、髭を剃って部屋を出た。いつもの出勤時間。けれど向かう先は会社ではなく幸平が住んでいたアパートだ。
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