アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
告白 ~遅すぎる青春~(2)
-
◇
そして、例の一件から一週間が経った現在。
橘とは授業で顔を合わせていたものの、特に会話をすることはなかった。彼も冷静になって頭が冷えたのだろう。
(所詮、そんなもんだよな)
が、これでよかったのだと思うと同時に、残念に思えてならない。あんなにも真っ直ぐな言葉を向けてきたというのに。
別に純情ぶっているつもりはなく、身の程だってわきまえているし、恋だの愛だのはもういいと思っている。
なのに、どうしてこんな気持ちになるのだろうか。未練を感じている自分がいて嫌になる。
(まるで思春期真っただ中の中高生みたいだな……)
昼休みになって職員室に向かう途中。ため息交じりに歩いていたら、ふと視線が中庭へと向いた。そこに橘の姿を見つけて、思わず足を止めてしまう。
(どうして、すぐ気づいちゃうんだろう!?)
橘は自動販売機で飲み物を買おうとしているようだった。だが、小銭を入れようとしたところで、何を思ったのか不意にこちらを見上げてきた。
「!」
俺は咄嗟にしゃがんで身を隠す。なにも隠れる必要などないのに、なぜだか体が勝手に動いてしまった。
通りがかった生徒に怪しげな目で見られ、慌てて苦笑を返す。少しだけその場にとどまってから腰を上げた。
まさか、橘がこちらに気づいているはずがない。たまたま上を見ただけだ――。
そう自分に言い聞かせながら歩き出そうとした、そのとき。
「坂上先生っ」
橘の声が聞こえて心臓が飛び跳ねた。振り返れば、彼はそのまま駆け寄ってきて、俺の前で立ち止まった。
少し息を切らしているところを見るからに、中庭からここまでずっと走ってきたのだろう。教員らしく「廊下は走るな」などと、もっともらしいことを言おうとしたけれど、先に橘が口を開く。
「先生、今――俺のこと見てましたよね?」
「え? えっと……そ、それは」
「俺、つい嬉しくなっちゃって。しばらく避けられてるような気がしたから……距離置きたいのかな、と思って」
「なっ、避けるとかそんなはずないだろ!?」
言うと、橘は「よかった」とホッとした様子を見せた。かと思えば、
「先生、折り入ってお話したいことがあります」
距離を詰めて真剣な眼差しを向けてくる。その瞳には決意のようなものが滲んでいるようで、俺は思わず息を呑んだ。
「とりあえず、ここじゃなんだからさ」
戸惑いながらも、促すように言って場所を移すことにする。
行き先は、俺の担当科目である社会科準備室。資料や教材が保管してあるだけで、この学校においては倉庫代わりのようなものだ。今はデジタル媒体での授業も増えているし、滅多なことでは使われない部屋だけれど、だからこそ込み入った話をするには適していた。
「で、改まってなに?」
鍵を使って室内に入ると、俺は平静を装いつつ単刀直入に問いかけた。
すると、橘は一瞬躊躇する様子を見せたものの、すぐに意を決したような表情を浮かべて口を開く。
「報告したいことがあります」
「ああ、なるべく手身近にな」
「わかりました。では――」そこで一呼吸置いて、「連日、先生でヌいてしまいました」
「ブフッ!?」
あまりにも想定外の言葉すぎて吹き出してしまう。
しかし、橘は至極真面目に続けた。
「先生のこと考えてたら、すげームラムラしちゃって。そんで試しに裸とか想像してたんですけど、萎えるどころか――」
「待て待て待てっ! とんでもないこと言ってるの気づいてる、君!?」
「つまり、俺にとって先生は性的対象っつーことです」
「えええ~……」
もっとシリアスな展開になると思っていただけに、頭がついていかない。まさか教え子の口からそのような言葉が出てくるとは思ってもみなかった。
橘から告白されて何やかんやあったものの、その後は特に何もなくて。だから、もう終わったものとして割り切っていたというのに。
「改めて確認するけど、橘はゲイじゃないんだよな?」
「まあ……でも、先生は特別みたいで」
「いやいや、それもおかしいって。若いつもりではいるけど、俺だって二十四だよ? 高校生から見たら十分オジサンなんじゃ……」
「あーはいはい、じゃあ可愛いオジサンってことでいいです」
「うわーっ、オジサン言うのやめてえ!? まだ腹とか出てないから!」
「俺としては、腹が出ていようと出ていなかろうと構わないんすけど」
さらりと返されたのがまた衝撃的で、俺は目を白黒させる。橘は気にせず淡々と続けた。
「『本当に恋愛感情なのかよく考えてほしい』って言ったのは先生でしょう。これが、頭冷やして冷静に考えた結果です」
「だからって自分のムスコに訊くなよ……それ、本当に冷静に考えた結果なのかあ? ああわかった、アレだ。俺のことを都合のいい性欲処理的な――」
「いや……先生が上手なのかそうでもないのかわからないし」
「えっ、地味にショック」
「俺、そういうのなしにしても先生が好きだと思ってるんで。だって、セックスとかってその延長でしょう?」
「………………」
なんて純粋なのだろう。やはり薄汚れた大人とは違う――そう言われてしまうと、ぐうの音も出なくなって、俺は視線を落とした。
相手はまだ高校三年生の年若い青年だ。大人である自分がしっかり導いていかなければならない、と頭ではわかっている。わかってはいる、はずなのだが。
「マズいって……俺、青少年の道を踏み外させようとしてんじゃん」
「なに言ってるんすか」
「教員以前に、大人としてどうかと思うっ」
「じゃあ、大人として責任取ってくださいよ。こんな気持ちになったの、先生が初めてなんだから」
橘が少しずつ詰め寄ってきて、思わず後した。
「……趣味悪いよ。いい歳した男のどこがいいんだよ。高校生なんだから、周りに可愛い女子わんさかいるだろ?」
「歳も性別も関係ない――俺にとっては先生が一番です。お人好しで優しいところも、誠実で努力家なところも、ときに可愛らしい一面があるところだって、全部本気で好きなんすよ」
「っ……」
知らずのうちに壁際に追い詰められていて、背中が冷たいスチール棚に触れる。逃げ場なんてもうどこにもなく、熱っぽい視線を真っ向から受け止めるしかなかった。
橘はさらに距離を縮めると、いつもより低い声音で告げてくる。
「だから先生、俺と付き合って」
二度目の告白は敬語ではなかった。
特別な意味で愛されているという、確かな実感――こんなものは初めてだ。胸がいっぱいになって、心臓がうるさいくらいに早鐘を打ち鳴らす。
今までが今までだっただけに、恋愛に関しては初心者もいいところだった。年甲斐もなく、真っ赤になって狼狽するしかない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 3