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乙女かっつーの
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動揺しているのは英介ばかりで、逸郎は相変わらず平気な顔をしていた。
聞きたいことは山ほどあったが、もう口を開ける雰囲気ではない。
もちろん英介は二次方程式になど挑める精神状態でもなく、何も進まぬままその日の授業は終わってしまった。
規定時間を過ぎると、英介の母親が用意してくれた紅茶と軽食をつまむのが定例となっていたが、今まで同様にあまり会話はなかった。
先程よりも不機嫌そうにも見える逸郎を問い詰める事も出来ず、本来聞きたかった過去の事まで誤魔化された様な気がして英介はもう目を合わせることも出来なかった。
「もし、嫌なら変えてもらうか?」
逸郎が思い出した様に口を開く。
「何を!?」
英介は過剰に反応したのを横目に「だから…」と、逸郎は呆れた表情を浮かべた。
「俺に教わるのが気まずいとか、集中出来ないとかあるなら、変えてもらうかって聞いてんの?」
「そりゃ、あんなことされたら…」
「…そうじゃなくて……ま、いっか…じゃあ、会社には上手く言っておくな」
そう言うと、逸郎は傍のリュックを掴み腰を上げる。
また、いなくなっちゃう!英介の頭に浮かんだのは、そんな警告だった。
「ちょっと待って!」
咄嗟にパーカーの裾を掴んでしまったせいで、逸郎の身体が傾いた。
そのまま倒れこむ程、逸郎の反射神経は悪くない。
一見苦しそうな半腰のまま英介を見下ろす。
「なに?」
「あの…さ……それって、家庭教師じゃなくなったら、外で会ってくれるってこと?」
見上げた瞳はなんの甘えを隠そうともせず、逸郎の気持ちを煽る。
黒い物が湧き上がり、抑制の綱が軋む音がした。
それを繋ぎ止めるためには、ひどく冷めた感情が必要だった。
「いや、会わない。契約切れたら、それで終わり」
自分でも驚くくらいの冷めた声に、英介の瞳が潤んだのは当然だったのかも知れない。
眉間に皺を寄せて、恨めしそうに逸郎を睨んだが、感情に任せて出そうになった言葉を大きく吸い込んだ息と共に飲み込んだ。
「なら、そのままで…」
堪える為に目を伏せて、小さく呟く。
本当にわかりやすい。
「あのな…お前、俺のこと好きになってるだろ?」
逸郎は諦めた調子で、再び腰を下ろした。
遠慮なく放たれる言葉に、英介は動揺しっぱなしだった。
「は!?」と、片眉を上げて半笑を浮かべたとしても、顔が耳まで紅くなっているのだから、何一つ誤魔化しはきいていない。
英介は嘲笑にも取れる笑みを浮かべ、首を振る。
「たかだかキス一つで…」
「そんなこと…」
「ないって顔してないから」
鋭い瞳に英介は羞恥心よりも、責められている様な気がして焦り出す。
「べ、別にキスしたからって……また、会えて嬉しかった。しかも、こんな偶然で…
だって、だって…俺、ずっとイッちゃんのこと好きだったから!ちっちゃい時からずっと!!」
言ってしまった…
本当にそうなのかもわからずに…
事実、幼い頃の英介は彼を敬愛していた。
居なくなって相当落ち込んだ。
それが今、言う"好き"に繋がっているのかは英介自身わからない。
それでも、言った言葉は取り消せない。
例え勢い任せだとしても、英介は後悔していなかった。
覚悟を決めた様な真っ直ぐな瞳が、逸郎にはやけに馬鹿らしく映る。
「だから、勘違いなんだってば…運命の再会してキスして、ああ、好きかも〜なんて、乙女かっつーの…」
明らかに馬鹿にした逸郎の言葉に、英介が傷ついた表情を浮かべる。
本当にわかり易い。
その分かり易さが、逸郎には毒だった。
純粋で単純で、危機感なんかも皆無で、見てるだけで腹が立つ。
—汚したくなる
「わかった。それなら、カテキョこのままで…ちゃんと出来たら、またキスしてあげる」
鼻先で囁いて一つ笑うと、真っ赤な顔で呆然とする英介を振り返りもせず、逸郎はさっさと部屋を後にした。
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