アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
人の親のこと悪く言うなよ!
-
いつも通り数式を前にして、その動きを止めてしまった英介の右手に逸郎が手を重ねて来た。
キス以来、三度目の授業となるが、2人の間に物理的接触と呼べる物はなかった。
逸郎の過去を聞いて、英介が変に意識していたせいもあり、勉強以外の話もしていない。
それなのに、突然こんなことをしてくるなんて…英介は驚きに満ちた目で逸郎を見たが、いつもなら視線に気づいてすぐ見返して来る逸郎の瞼は伏せられたままだった。
お決まりの距離で頬杖をつきながら、英介の手を握ったりなぞったりする自分の左手を逸郎はぼんやりと見つめていた。
「動物園に行こうか…」
まるで独り言の様に逸郎が呟く。
その行為にもドキマギとしていたが、動物園と言う単語に英介は過剰に反応してしまった。
「ふぇっ!?動物園!?」
母親から、逸郎が動物園に置き去りにされた話を聞いていたから仕方ないのかも知れないが、声を裏返すのは、あまりに大袈裟だ。
逸郎は英介を上目で睨んだ。
「お前…母さんになんか聞いたろ?」
英介が答えられずに視線を逸らすと「分かり易過ぎ…」とため息が返ってくる。
「俺がそのイッちゃんがだってのも言ったの?」
「んーん、それは言ってない。誤魔化したから」
「それで、バレてないの?」
「うん。全然気付いてない」
「あっそ…そんな話題出されて、気付けないなんて、お前の母さんも相当抜けてるな…」
含みのある言い方に、流石の英介もいい気分はしない。
「人の親のこと悪く言うなよ!」
ついムカッと来て放ってしまった言葉にハッとする。
煽ったのは逸郎の方だが、それに乗せられて自分は酷いことを言ってしまったのではないかと英介は胸を痛めた。
だが、本人は気にするそぶりも見せず小さく笑う。
「自分で言っておいて、なに傷ついてんの?お前、本当に馬鹿だな」
クスクスと笑う逸郎が、英介にはわからない。
強がっているのではないかと言うのは、同情から来る推測だ。
だが、もし仮に心底笑えているのなら、この10年余り、彼にどんな事があったのだろうと考えてしまう。
いいことばかりで、そんな事すら笑えるくらい前向きになっているのならいいが、その目つきと、時折見せる言葉の棘から、どうもそうではないことくらい、いくら鈍い英介にもわかった。
さりげなく解放された右手が熱い。
「ま、男同士で動物園なんて、行きたくないよな」
珍しく明るい逸郎の声にドキリとする。
そもそも動物園に行こうと言う提案自体が本気か冗談かも英介にはわからなかった。
「いや、行きたいよ。別にどこだっていいけど、イッちゃんと、カテキョ以外で会いたい」
これは英介の本心だった。
そこに恋愛感情があるのかと言えば、微妙な処だが、仕事抜きにしてもっと話をしてみたいとは思っていた。
だからこそ、勇気を出して言ったのに、逸郎は答えてくれなかった。
また誤魔化されるのかとその顔をこっそり伺うと、逸郎は視線を逸らしたまま、呟いた。
「そう言うの、やめた方がいいよ」
「は?」
「だから、無理に合わせなくていいって…」
「別に無理なんかしてないよ!」
自分から振っておいてなんだよ?と、流石の英介もうんざりする。
その気配を察したのか、逸郎は英介の方を向いてニヤリと笑う。
「俺の持論だけど、マザコンの奴はホモじゃないから」
「は?」
その日、英介には逸郎の言動がなに一つ理解出来なかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
9 / 37