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あの頃の英介に戻っちゃう
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逸郎は黙って部屋を出た。
階段を下る足音が聞こえる。
呆然と座り込んでいた英介は、ハッと立ち上がり弾かれた様に部屋を飛び出した。
大急ぎで階下へ向かうと、逸郎は既に英介の母の前に立っていた。
「隠しててすみません。俺、か—近野(コンノ) 逸郎です。お久しぶりです」
「えっ?ああ……えっ!?イッちゃん!?あらあらあら…」
突然、頭を深々と下げられて、母は驚愕しながらも呑気に"大きくなったねー。全然気づかなかった!"などと、逸郎の二の腕辺りをバンバンと叩いていた。
一見和やかな雰囲気に拍子抜けしながら、英介はリビングダイニングのドアにもたれてその様子を伺っていた。
実は——頭を上げ、逸郎が再び落ち着いた声で話し始める。
「最初は本当に気づかなかったんです。いや、早いうちに気付いていたんですけど…幼馴染だとバレたら、交代させられると思って黙ってました。すみません」
もう一度頭を下げる逸郎に、母は「いやいやいや」と、大袈裟に手を振る。
「そんな、交代だなんて!いいじゃない?英介、ちょっと人見知りだし、イッちゃんの方が気軽で…」
"あのイッちゃんだったら、ちょっとね…"などと言っていたのは、どの口だろう。
しかし、今の英介にはその心変わりがありがたい。
「いえ、それがですね…」と、英介には見せたことのないよそ行きの笑顔を浮かべ、逸郎が言う。
「やっぱり、元から顔見知りだと、お互い締まりがなくて、どうも勉強に集中出来ないみたいです」
「え?そう?テスト、悪くはなかったでしょ?」
「ええ…それなんですけど、英介くんは素直で物分りがいい。だから、僕じゃなければ、もっといい点数取れたと思うんですよ…それが申し訳なくて…やっぱり、交代してもらった方がいいかなって思ったんです…」
母は、そんなことないと言いたげな顔をしていたが、間髪入れずに「すみませんでした!」と勢い良く頭を下げられては、それ以上引き止める事も出来ないのだろう。
「だって、英介、どうする?」
床に根を張った様に動けなくなっていた英介に向かって、母が困った顔を向けた。
その瞬間、英介はダッと走り出す。
「やだやだやだやだ!イッちゃんがいい!イッちゃんの傍に居たい!!」
母の手前だと言う事も忘れて英介は逸郎の腰に縋り付いた。
はははと爽やかな笑い声が降り注ぐ。
「ほら、これですよ。すっかり、あの頃の英介に戻っちゃうんです」
「えっ!?やだ!本当に、三歳の子供みたいじゃない?」
英介の本当の気持ちなどわかるわけもなく、母はその姿を見て大口を開けて笑った。
「そこまで言うなら…。代わりの人ってすぐ来るの?」
「ああ…確認して、後ほど連絡しますね」
腰に縋ってごねる英介を無視して、二人が話を進めていく。
英介は本当に三歳児の様に「やだやだ」と繰り返しながら、額を逸郎の脇腹に擦り付けていた。
逸郎は、それでも毅然とした態度でもう一度頭を下げる。
「それでは、迷惑かけて本当にすみませんでした。」
最終的にわんわん泣きわめく英介をひきづる様にして逸郎は踵を返した。
「あ、イッちゃん…」
遠慮がちな声に逸郎が「はい」と振り返る。
英介の母の顔には、同情の色が浮かんでいた。
泣き喚く我が息子へではなく、今の逸郎にでもなく、それはあの頃の逸郎に向けられていたのだろう。
「あの、もしよかったら、これからも遊びに来て…英介、イッちゃんが、居なくなって本当にさみしそうだったから——」
「……はい。わかりました」
その笑顔を見て、英介は"嘘だ"と確信した。
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