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或る青年
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───…
あの日から、九年ちかくの歳月が流れた。
ここは広大な砂漠の中心
緑が無く一面が土色の平野部に、迫り上がる山のごとく突如として現れる城塞都市──
キサラジャ王国の首都ジエルだ。
今日(コンニチ)も風が吹き荒れる砂漠の中、そこは歴史ある高い城壁に守られている。
そしてひとたび壁をくぐれば、外の茫漠な風景と打って変わり、小さな家や天幕がひしめき合う雑多な光景が目に飛び込む。
馬やラクダ、ラバが繋がれた駅舎。
仮設の店が置かれたバザール。
さらに街の中心に向けてそこを抜ければ、窓の小さい土壁の建物が両袖に立ち並ぶ、石畳の大通りに出る。
そんな場所を、ひとりの青年が歩いていた。
その青年は──ただ、歩いているだけ。だが道行く人間が思わず振り返ってしまうほど、異彩な色を放っていた。
「──…」
薄汚れた麻布を巻き付けただけのその服装はみすぼらしく、どこの田舎者かと笑われても可笑しくない。まともな帽子すら身につけていないとは、信仰心の欠片もない無作法者だ。
だが、長めの前髪から垣間見える彼の器量はすこぶる良かった。
と言えどただの美丈夫なら…それほど周囲も驚かないだろう。
その青年の異色さとは、女人と見まごう繊細で儚げな容貌であった。
半分ほど伏せた目元も
高い鼻の下で、小さく息を漏らした唇も
どこか場違いな色気を感じさせる。
「お、お前さん…」
見惚れた街人は思わず行くあてを尋ねていた。
「街の者じゃないだろう、見ない顔だ。街道を渡ってきたのか?商人には見えねぇが…」
「……」
「…っ…どこ目指してんのか知らないが人目は避けたほうがいい。最近じゃあどこもかしこも治安が悪くて、よそ者は狙われやすい。この街だって…」
声をかけた街人は、立ち止まった青年を前にして言葉を詰まらす。
近くで見れば見るほど、精巧なカラクリ人形のような造形だ。
彼が此方を見ようともしないので、本当は仮面を被っているのではと思ったほどだった。
そうだ
生身の人間と言うにはあまりに…生気(セイキ)が無い。
「お、おい……?」
「……」
肌といい髪といい、全体的に色素が薄いせいだろうか。
「聞いてんのか?ここへ…何しに来たんだ?」
「──…王宮へ向かう」
「は?」
「王宮へ行き、近衛隊に志願する」
反応が無く街人が困っていると、どこからともなく声が届く。
──それがこの青年の声なのだと気が付くのに数秒がかかった。
凛と静けさの籠もった声だった。
「へ?いやいや、近衛隊つったってお前さん、意味わかってるんだろうな?」
「ええ」
「あのな、近衛隊は国王さまの直属部隊でー、えー、待遇は確かに民兵なんかよりずっといい。基本は王宮や街道の警備や税の徴収だけで、危険な目に合う事もない」
「…そのようだね」
「だが兄ちゃんには無理だ。俺たち平民にはな」
「……」
引き止めようとする男を前に、初めて青年は視線を動かした。
伏せていたまつ毛がそっと上を向き、朝日の色を反射した瞳が白っぽく光る。本来の色はわからない。
「……爵位は、確かに持っていない」
そして朝日の眩さにすら耐えられなかったのか、すぐ元通りに伏せてしまった。
「だったらやめときなよ綺麗な兄ちゃん。もし…もしだぞ?運よく入隊できたとしてもな、爵位を持たない身分で近衛兵になったところで、お貴族さま御用達の男娼にされるのが関(セキ)の山だ。そんな話を聞いたことねぇのか?」
「知っている」
「…!? だったらなんで」
「……知っているさ」
男の制止を気に留めず
青年は再び、王宮へ続く道を歩き出した。
──…
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