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近衛隊
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「聞いてくれ貴族さま!」
「客足が遠のいて仕事にならない!なのに今月ぶんの支給は無しだなんて…うちの村はみな飢え死にだ。麦がねぇと家畜も死んじまう!」
青年が王都ジゼルの中心部に近付くと、とある門の前に人だかりができていた。
彼は人の隙間をゆいながら人ごみの最前列まで進んだ。
「待て、貴様」
腕や身体に押しつぶされながら漸く前列に飛び出した時、槍を持った二人の近衛兵が青年の前方に現れた。
「この先へ行けると思うな。ここはクオーレ地区。貴様ら平民は立入禁止だ」
「貴方は?」
「俺はこの門を警備している。見ての通り、コジキ共が群がってくるのでな。貴様もそれが目的だろうが」
「コジキ……なるほど」
「貴様…?ここでは見ない顔だな…。外の村から来たのか?」
「そうですね。それなりに、遠くから」
「なら無駄骨だったというわけだ。大人しく諦めて帰るがいい」
追い返そうとした衛兵だったが、青年はひるまず話しかける。
「僕は志願兵です」
「志願?ああ民兵か。それなら駐屯地はジゼルではなく隣のウッダ村だ、マヌケ者」
「いえ……民兵ではなく近衛兵に」
「は?」
門に手をかける人々を押し返しながら、衛兵は呆れた声をあげる。
ちょうど通りで青年に声をかけた街人と同じように。
「何を寝ぼけた事を言っている」
「寝ぼけてはおりません」
「近衛隊とは、我ら子爵や男爵から構成される由緒正しき兵団であるぞ!王族に遣える者として、幼き頃より教育を受けてきた。貴様のような薄汚れた小僧が夢見たところで、叶うわけもないわ」
「ですが」
「チッ……帰らない気か……
ええい!うっとおしいコジキ共め!」
いくら押し返せど諦めない人々に痺れを切らした衛兵が、力任せに槍を振るった。
「うわあ!……ッ、うう」
槍のツカが頭部に直撃し、血を流してうずくまる街人。
「これ以上手をかけるようなら片っ端から切り捨てるぞ!」
納得しかねる様子であるが、命を取られては元も子もないと、人ごみは四方に散っていった。
一気に静かになった門の前で、逃げずに居座る青年だけが残っていた。
二人の衛兵はますます呆れた様子だ。
「まだ諦めないか?切り捨てられたいか」
「いいえ僕は殺されに来たわけではありません。ただ入隊を認めて頂けないと…」
「生意気な奴だ。近衛隊に入りたいなど、いったい誰の入れ知恵か知らんが……
──…待て、その手にあるのは何だ?」
衛兵が槍の先を青年に向けた時だった。
青年は一通の手筒(テガミ)を取り出したのだ。
「──…僕宛に届けられたものです」
「それは…」
手筒を衛兵へ差し出す。
赤い封蝋(フウロウ)に刻まれた紋章を見た衛兵達が顔色を変えた。
「推薦状だな──…。何故貴様がこれを持っている?」
「ですから、送られてきたのです。送り主の名はわかりませんでしたが」
「……」
確かに、送り主の名は書かれていなかった。
例外的にではあるが、貴族がこうやって気に入った者を隊に推薦する事があるのだ。それを許されているのは伯爵以上の高貴な身分の者だけだ。
「──…『 シアン 』
ここに記されているのが、貴様の名か?」
「……ええ、間違い御座いません」
《 ──して、シアンと名乗る此の者を、近衛騎兵師団へ推薦するものとする 》
短い文面の最後はその一文で締めくくられていた。
そこに記された通り、青年は自らを『シアン』と名乗った。
家名を持たぬ身分故──ただ、シアンとのみ答えるしかない。
「上官殿へつないでもらえませんか」
「……!」
衛兵達が手筒を読み終えて少しの沈黙が流れた。
そして互いに顔を見合わせた彼等は、どういうわけか、突然笑い出す。
「……くくく」
「……」
「ああそうかそうか!疑って悪かったなぁ新人!案内してやろう。付いて来い」
突然機嫌をよくしたひとりが、もうひとりをその場に残して門の中へ進んだ。
青年──シアンというその青年は、何食わぬ顔で後へ続く。
門の内側はクオーレ地区と呼ばれる貴族の居住地だ。
爵位を持たない者は住むことを許されず、仕事をこなす間だけ、例外的に足を踏み入れられる場所。
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