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片腕の兵士
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「始めろ!」
すぐに副官のかけ声が轟き(トドロキ)、ヤツの狂犬が牙を剥く。
突き出された矛先が躊躇いなくシアンを捉え──
「──ッ」
後ろへ距離をとったシアンの刀が、間一髪で横に弾いた。
───キンッ!
「あ?」
腹をえぐるつもりが予想外にかわされ、男が声をあげる。
シアンは肩より下で刀身を天に突き立てた。
「なんだぁその構えは!」
「──…」
ウルヒがいったん槍を引き寄せ、刺突という技で攻撃した。
迫る穂先──シアンは素早くそれをかわし、避けきれない穂先の軌道を、立てた刀身で僅かにそらす。
“ あの構えは……まさかな ”
シアンの動きを観察する副官は、彼の動きに違和感を覚えながら胸の前で腕を組んだ。
キン──!
「こっのお~!イライラする奴だなぁ!」
届かない攻撃を何度も繰り返して、苛ついたウルヒが唸っている。
しかし副官の男はシアンの策が万能で無い事に気付いていた。今のシアンは防戦一方だ。
「逃げてばっかないでかかってこいよっ臆病もんが!」
攻撃を防ぐたびに徐々にシアンの右手は痺れていった。
「聞け!今より500セクンダで決着がつかぬ場合──両者ともに隊を除名とする」
「はー!? 何勝手なコト言ってんだ」
「ハァ、ハァ、…!?」
副官が言い放った命令に、思わず二人は振り向いた。
副官は動じず「さっさと続けろ」と指示を出す。
終始逃げ腰なシアンに対する警告だ。
「ハァッハァッ……そんなんじゃあじっくり遊ぶ暇がねぇ、くそっ」
制限時間をもうけられたことで、ウルヒの槍が遊びを失くしてこれまでよりも速くなる。
「オラァ!」
「ぅ……!!」
力強い突きにシアンの反応が遅れ、防御した刀身が横に弾かれた。
槍の軌道を十分に変えられず、右の二の腕に襲い来る。肌をかすめた穂先が彼の上衣を引き千切った。
破れた膝丈衣(ギヨムレク)から、傷を追った細い腕が露出する。
「へへ…いいぞいいぞぉ」
「……!」
「このままぜんぶひん剥いてやる。お前の肉をエグりながらなぁ」
傷は深くなかったが、彼の白い衣や白皙(ハクセキ)の肌に、赤色がじわりと浮かびあがった。
それはウルヒと、見物人の男達の興奮を煽る。
「クルバン!行け!やれ!」
「逃げるな戦え!」
それらは一聴すればシアンへの歓声に思えても、彼の勝利を願ってではない。
彼が負傷しようが、死のうが…この戦いは単なる余興。派手であればあるほど良い…
「───……」
……それだけだ。
「……、フゥ……」
シアンは自らの傷口を見て、離れた所に仁王立つ副官を見て、そして目の前の狂犬へと順に目を通した後──
ゆっくりと右の足を後ろへ引き、先程までと構えを変えた。
相手に対して身体を平行に向ける。
そして何も持たない左手を前に出した。
右手はと言うと、顎(アゴ)の横まで高く上げ、刀の切っ先でウルヒを差す。
その立ち姿は、さながら弓の弦を固く引き伸ばし──獲物を捉える狩人のようだ。
「……な、なんだ?」
「僕は次の一手で貴方を倒します」
「はぁ?」
「……次、貴方の初手をかわしたその 後 で、僕が貴方を切り殺す」
「て、てめぇ…!」
「覚悟して下さい」
「……!!」
” はったりだ……そうに決まってる……!! “
ウルヒは内心 狼狽(ウロタ)えた。
突然の勝利宣言。もちろん根拠の無いでまかせの可能性が高い。
” だがコイツの逃げ足は本物だぁ…っ “
“ もしもまた俺の攻撃がかわされたら…… ”
” ……殺され る?“
感情の読めない細めた目で見据えられ、ウルヒの顔から笑みが消える。
嘘だ、はったりだと自身に言い聞かせれば、ナゼか槍を持つ手が震えた。
「……っ」
華奢な癖に、素人の癖に、味方はひとりもいない癖に
…何故これほど落ち着いていられる?腕を切られ、血の滴るそこは痛みを伴う筈なのに。
” 何か秘策があるのか?この状況で俺を倒す可能性があるってのか?…いいや 可能性 なんかじゃねぇ…あいつは…勝ちを確信してる…!? ”
「……」
「どうしました? 刺して来ないのですか?」
「ぐ…っ」
ウルヒは徐々に相手の空気に呑まれていった。ウルヒの優勢になんら変わりはないのに、それにすら疑心暗鬼になるほどに。
“ 落ち着け、落ち着け…っ。こいつの言う事はデタラメだぁ。今まで避けられたのもまぐれだ!次はかわされねぇ…ぜってぇ外さねぇ ”
「……まだ、ですか」
「……く、くくく」
「──…?」
「余裕だなぁ小僧!? 少し遊んでやれば調子にのっちまって笑えるじゃねぇかぁ!」
ウルヒは巨体をひねり、両手で掴んだ槍を大きく振りかぶった。
「刺すだけが槍だと思うなよ!!
──槍はっこうやってなぁ!」
「…」
「周りの敵をなぎ払うにも使えるんだ!」
そして前に踏み込む。長い武器の長所を生かし、シアンが逃げられない間合いまであっという間に詰め寄った。
狙いは──無防備にさらされたシアンの背中。そこを狙い槍をぶん回す。
“ 刺突と違ってこれなら避けられねぇ! ”
───
「──な!?」
カラン!
シアンはその瞬間、持っていた武器を地に捨てた。
そして身軽になった彼は迷いなく前に駆け出す。シアンがその懐に飛び込むまでホンの一瞬だった。
───シュッ
「‥‥‥ぅ゛ッッ」
「僕の勝ちです」
辺りが静まり返る。
何にも当たらず振り切られた槍が、男の手から落ち、土埃の中で転がった。
自ら武器を捨てたシアンは、慣れた所作で敵の腰から新たな刀を引き抜いていた。男が反応するより先に、三日月形に曲がった刃をその喉元へ突き立てている。
全く手入れのされていないクルチは切れ味がなく、触れるだけでは首に切り傷も付けられないが……
シアンがその気になって手に力を込めれば、疑う余地もなくあの世へ行ける。
「まっ、待てっ!負けだ!俺の負けだァ!」
「──…」
シアンは殺気をそのままに、最後のひと掻きを押し留めていた。
「降参だ……っ、こ、殺すな……!」
命を乞うウルヒの首から油のようなドロリとした汗が浮き出て、鉄の刃を伝う。
不快なそれが滴り落ちる頃
結末を見届けた副官がしぶしぶ合図を送り、部下が篳篥(ズルナ)を鳴らした。
「終わりだ」
怒りをたぎらせた低い声で、男が二人に告げる。
だが男は怒っているだけでなく、ひどく動揺しているらしかった。
“ 最後の、あの動き……”
弱点である背中と左腕をわざと敵前にさらけ出すことで──刺突ではなく大振りな技をウルヒに選ばせた。
さらに " これを外せば後が無い " と思い込ませる事で、敵を焦らせ、ここぞというタイミングで力の制御を失わせた──?
結果、長物である槍を力任せに横に振るったウルヒは、それを見越して前走していた奴の速さに対応できず、まんまと懐にはいられた。
これが素人の策だと言うのか。
“ あれは正しく剣術だ……! ”
剣術を学んだ者としか思えぬ動き。しかも
あの独特な構えにも、あの一連の型にも、どういう訳か男は見覚えがあったのだ。
だが思い違いだろう。
クルバンとして運ばれて来ただけの賤人が……まさか、体得している筈がないのである。
無様に尻餅をついて降参したウルヒを睨み付けて、副官の男は前列へと戻って行った。
───…
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