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クルバンの歴史
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───…
訓練後。あたりは暗くなり、人影の消えた練兵所。
その傍らには古びた石塔があった。
街道が完成する以前──かつてここには絶えず狼煙(ノロシ)が上がり、砂漠を歩くキャラバン達の標(シルベ)として使われていた。
だが今となっては使われる事の無い、無人の建造物であった。
「ここにいたんだね、オメル」
「えっ?」
螺旋の階段を登ると突き当たる展望台。
そこでひっそりと過ごしていたオメルの背後から、シアンが声をかけた。
「えっシアンか!? どーしたんだ?なんでこんなとこに…っ」
「君がここにいる気がして」
「す、すごいな……よくわかったな……」
「嘘」
「うそなの?」
「本当は、君がこの塔の入り口に入るのを見かけたから。君はここで何を?」
「べつになんにもしてないよっ。隠れてるんだ。今はあいつら食堂に集まってるしー…近付かないほうがいいんだよ。酒呑んでるから夜はよけいに荒っぽくて」
「それはいい事を聞きました。なら僕もここにいようかな」
シアンはスタスタと歩いてオメルの横を通り過ぎ、塔の縁に、外を向いて腰を下ろした。
この場所からなら、王都ジゼルを囲う城壁を超えて…その遠方に広がる砂漠の大地を見ることができる。
月の下で白く照らされたいくつもの砂丘が、風に巻かれてゆっくりと形を変えていき──
何年経とうと変わり映えのないこの街とは違い壁の外側は刻一刻と姿を変え、同じ風景はひとつたりともなかった。
「何、見てんだ?」
「……外だよ。街の外。ここはなかなか良い特等席だね」
「トクトウセキ?街の外なんてずっと砂しか見えないだろ?シアンはそんなの見て楽しいの?」
「…どうだろう。でも、嫌いじゃない」
「ふーん…?」
オメルは首を傾げ、広大無限な砂の景色を凝視してみる。
「オレはあんまり好きじゃないかなぁ。砂は食べられないし、歩きにくいし、風が強い日は目にはいって痛いしな」
オメルが生まれ育った村は、ろくな砂避けの壁がない所だった。
住民は土壁の家で無意に一日を過ごし、出稼ぎに行った男たちの帰りを待ちながら、国から支給された食糧で食いつなぐ。
もちろん支給を受けられない身分のオメルは家の中に引きこもっても餓死するだけなので、食べ物を求めて視界の悪い砂漠をさまようのが日課だった。
“ だからずーっと街に憧れてたんだよな…。たっかい壁に守られて、砂なんて見なくてすむんだからさ ”
“ 王都で、陛下のお側で働くようにって言われた時は…めちゃくちゃ嬉しかったんだ ”
でも──
「ジゼルの城壁も、近衛隊の宿舎も、初めて来たときは大きくて格好よくて、どこ見てもわくわくして楽しかった」
「……」
「でもオレ、今はここが好きじゃないや。ここはオレなんかが来る場所じゃなかった」
「……」
「…ねぇシアン。なんでいつも貴族達(アイツラ)はオレを苛めて笑ってるんだろう、な。クルバンって……なんなんだろうな」
一段と気弱な声でオメルが呟いた。
シアンの隣に肘をあずけて俯き、眼下を見下ろす。
シアンは暫く黙っていた。
オメルの疑問に対して説明のしようはいくらでもあるのだ。この国の仕組みも政治も、彼は当然のように知っているから。
善悪の話ではない。
キサラジャという一国の有り様(アリヨウ)を語るのに、善悪の価値観は邪魔でしかない。
ただ
「──…病気なんだよ。この国はずっと昔から……不治の病を抱えている」
「……国が、病気?」
「クルバンは古くからある慣習なんだ。建国当時、キサラジャの水を求めて大勢の者が流れてきたことで国の治安が乱れた。やむを得ず国王は、政治と国防に関わる人間にだけ爵位を与えてそれ以外を街から追い出すことにしたけれど……そうやって守られた街は、ひどく味気無いものに変わってしまったんだ」
爵位を持つ者だけが居住を許されたクオーレ地区。平民は、仕事をするという名目で街への立ち入りを許可される。
だがそうなると問題となるのが
仕事を持たない賤人達である。
当時の王都には多くの賤人がいた。墓守や処刑人、呪術師、そして踊り子や娼婦──。しかし太陽神の教えに背く彼等の行為は、今も昔も仕事だと認められていない。
キサラジャいちと評判だった踊り子の美女も、刑の執行人として国民に恐れられてきた首斬り人も、等しく街を追放されたのだ。
娼館の消えた夜の街では、貴族達の不満が高まっていった。
「そこでひとりの将官が、街の外で見付けた美しい男娼を近衛兵に勧誘して宿舎に送り込んだのが《クルバン》の始まりだった。都合のいい生贄さ…。それ以来、" どれだけ良い生贄を連れてくるか " で貴族達が競い始めて、近衛兵宿舎が実質の男娼宿となった歴史がある」
「………………」
「今は慣習として残っているくらいでかつてのそれほどでは無いが──…」
話途中のシアンがちらりと視線を落とすと、いつの間にかオメルがこちらを見上げていた。シアンは思わず顔をそらした。
「…っ…まぁ、その…昔の話さ」
オメルは丸々とした目で不思議そうにシアンを見つめている。
話し過ぎたと自覚するシアンには、その真っ直ぐな視線が痛い。
「シアン って……!?」
「……」
「…………シアンってすごく物知りだな!」
「え、あー、うん?…そう…!?」
「なに言ってるかほとんど意味わからんかったけどな!」
「ああー……。そ うかもしれないね…」
オメルは感心しきった様子で大きく声をあげた。
甲高いその声にどん、と横から殴られた……と言うより抱きつかれたみたいにシアンが頭を傾ける。
何故シアンが国の歴史を知っているのかとか、そんな事はどうでもいいようだ。
クルバンとは何か、近衛隊へ入ればどんな扱いを受けるのか……全て承知の上でやって来たというシアンを、訝しむ(イブカシム)気も無いらしい。
「…君は誰かに似ている気がするよ」
「誰かって誰だ?」
「もう何処にもいない奴さ。小難しい話は終わりにしようか」
シアンがそんな事を呟く。
彼は自分の荷物を引き寄せて中から包みを取り出すと、見守るオメルの前でその包みの結び目を解いた。
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