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不在の将官
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──…
「騎兵師団の将官がジゼルに戻ってくる?」
「うん、そうらしい。さっき廊下であいつらが話してるの聞いたー」
練兵所の脇にある武具の保管庫。
シアンとオメルは上官の命令に従い、砂で汚れた武具の手入れをおこなっていた。
だが途方もない量を前にそのうち飽きがきたので、今朝シアンが食堂で盗んだ果実をかじりながら、日影で休憩をとっている。
「確か今は、帝国との国境で隊の指揮をとっているんだろう?」
「そうそう、そこで、帝国と近衛隊でにらめっこしてるらしいけど、なぜか将官だけ帰ってくるらしいんだ」
「そうか……」
薄赤色の実に果皮ごと歯を立て、少量を口に含んだシアンが眉をひそめる。
「反応暗いな。シアンもそいつが嫌い?だってやっぱり《指切り将軍》だもんな。ちょっと怖いよな」
「…指切り将軍って何のこと?」
「あっシアンは知らないのか。騎兵師団のバシュはさ、昔からそう呼ばれてるらしいんだ。面と向かって呼んでるかは知らねぇけど…──っ、わ、ニガイ……」
会話中も渇いた喉を潤すように果実にかじりつくオメルは、中の種を噛んでその苦さに顔をしかめた。
「…ッ…俺は隊が違うから会ったことないけどすっげー気難しくてコワイ奴なんだって」
「へぇー……」
心境の読み難い声で、シアンが相づちを打つ。
「でもよかったじゃん。そいつが戻ってきたら、シアンも別の仕事もらえるかもしれないんだろ?」
「そうだね。そうだといいな」
「オレはゴメンだけど……シアンは変わってるなぁ」
騎兵師団のバシュが不在の間、シアンの所属は槍兵師団となっている。
だが初日の入隊試験以降、シアンは訓練の参加も認められていない。このまま警備や巡察も命じられないままでいては、王宮周辺へ近付けられない。
以前オメルに、どうすれば王宮の警備兵になれるのかを聞いた時は、とんでもないと大慌てで止められた。
『なに考えてるんだよシアン!あのあたりは国王さまや公爵さまが住んでてっ…それに、水の社もあるだろ?近衛兵の中でも選ばれた奴しか近付いちゃいけない』
『だが仮にも僕らは近衛隊の一員だ。まったく可能性がない訳ではないだろう?』
『でもオレたちは貴族じゃない…。王宮の警備をまかされるのはメイヨなことってみんな話してる。信頼できるやつだけを、バシュが直接選ぶらしいんだ』
貴族社会は面子(メンツ)が全てだ。君主の警備に身分の低い者を抜擢したと噂されれば、将官の面子に傷が付く。まして、平民ですらないクルバンに役職を与えたとあっては──。
「……ハァ」
さて、どこから潜るべきか。
「おいオメルどこ行ってんだ!時間だ!水を運んでこい!」
「…っ…げ、あいつらが呼んでる」
シアンが思索にふけていると、保管庫の裏からオメルの名を叫ぶ声があった。
「ほんと、ひと使い荒いんだよなあ…ったく。まぁシアンが来る前よりマシになったけど?ちょっと行ってくるね」
「僕も行こうか?」
「いいよオレしか呼ばれてないし」
残った丸い実を口に放り込んでオメルは走って行った。
…あんなに口の中をパンパンにして彼等の前に出たら、十中八九咎められると思うが大丈夫だろうか。
「おいちょっと待てオメルてめぇ何を食ってる!? 俺達が訓練してる間につまみ食いか!?」
「ふがッッ…もごっ、ごっごめんなさいーー!水運んできまーーす!」
……シアンの予想は当たったらしい。
これはオメルの落ち度なので助けるつもりはないが、せめて無事を祈るくらいはしておいた。
「…ッ…僕も少し、食べ過ぎたか」
そんなシアンも今日はオメルのペースに呑まれて、いつもより多めに朝食を取ってしまった。
胃の中に居座る重力がたとえ僅かであろうと不快に感じる。
…仕方ない。
「…‥ン‥ッ──フ、グ‥…」
ゴボッ
「ン─ッッ‥‥……ゲホッ ゲホッ!‥く、ぅ…」
彼は建物の陰に頭を垂れ、その長い指を自らの喉へ押し込んだ。
喉奥を強く掻きむしる。ちょっとの刺激では慣れてしまっているから、これくらいしなければ咽る(ムセル)ことができない。
そして彼は少量の胃液とともに、ナカの異物を地面に吐き出した。
「──…ふん、なんだ」
「ゲホっ、‥…!? ハァっ…‥ハァっ‥‥!!」
「貴様は豚の餌でも食べるのか?やはり穢わらしいことこの上ないな」
「……!?」
すると、地面にうつ伏せるシアンの背後にあの男が立っていた。
初めてシアンを見た時のように軽蔑の眼差しを向け、──それでも口許は愉悦をこめて笑っている。
シアンは面(オモテ)を上げずに口を開いた。
「これ は……スレマン・バシュ。お見苦しいトコロをお見せして申し訳ありません」
「まったくだ」
「入隊を許可して頂いたとき以来ですね。お久しぶりです。…ご要件は?」
高官の衣服を身に付けてシアンを見下ろしているのは、槍兵師団のスレマン・バシュ。
シアンの推薦状を受け取り、入隊を認めた将官だ。
「暇ができたので貴様の様子を見に来ただけだ」
「…僕を " 見に " わざわざ?」
「そうだ。聞けば貴様…入隊試験とやらで私の部下を負かしたらしいな。その細腕で剣技の才もあるとは驚いた」
「相手が短絡的だったのが勝因かと」
「ふ、ははは!面白い小僧だ。さらにその夜から、部下共に上等な酒を振舞っているとも聞いたが?」
「上等な酒なんて僕に用意できません。ただ彼等が粗悪な酒を流し込んで満足していたようなので、多少、味を整えて目を覚まさせただけです」
「……ふん、相変わらず生意気だな」
「ですが、お好きでしょう?」
「…っ…ああそうだな。私に気に入られる術(スベ)を心得ておる」
·······
「今からその酒を、私の部屋まで運ぶがいい」
「──…」
「穢れた身体は清めて来い。……わかったか」
スレマンの命令を聞いて、一瞬の刻、シアンの呼吸が止まった。
それまで咳き込んでいた口を引き結ぶ。
薄汚い男に邪(ヨコシマ)な劣情を向けられれば、ますます気分が悪くなると言うものだ。
········ニコリ
しかしその劣情に──利用する価値があるならば
それは彼にとって……途端に甘美な蜜へと変わる。
「……喜んでお持ちしましょう。スレマン様」
シアンは面を上げると、極上の色香を漂わせて微笑んだ。
──…
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