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白い花
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──…
「起きた?」
「シアン……?」
シアンが寝かされていた部屋とは別の客間の寝台で、オメルも意識を取り戻した。
「こ……ここ、どこだ?」
「騎兵師団の将官の屋敷だ。宿舎から僕たちを運んでくれたようだよ。僕は覚えていないけれど」
「オレも覚えてない…──ッ ぃたっ」
オメルが跳ねるように身体をおこし、痛みに襲われて顔をしかめた。
シアンはそんな彼を押さえて、もう一度寝かせる。
「無理に動いてはいけない」
服を着ていない裸のままのオメルに、薄い布団を肩まで被せてやった。
「悪いけど寝ている間に身体を見せてもらったよ。汚れは綺麗に洗われていたし腹の中のモノも掻き出してあった。…おそらくこれも将官の計らいだね」
「…身体って……オレの、見たの?」
「ちゃんと外に出しておかないと、後でお腹を壊すんだ」
そう話しながら腰を上げたシアンが、壁際の飾り棚から水差しを取って戻ってくる。
「痛むのは傷のせいだ。だからこれを飲んで。鎮静薬」
「ちんせ…?、何?」
「阿芙蓉(アフィヨン)というお薬さ。病や傷の痛みを和らげてくれるから楽になるよ」
「何それ……それも将官がくれたの?」
「これは僕の私物だよ」
粉末状のそれを水に混ぜておいたものを、ゆっくりと口に注いでやる。
寝転んだ態勢で飲みにくそうではあるが、オメルはちょびちょびと喉に流した。そしてその直後、あまりの苦さに苦悶する。
「ぅ、ぅぅぅぅ…!!」
「苦くても吐き出したら駄目。はい飲む」
「…ぅぅ…に、にがぁ」
「……そうだね、苦いね」
なかば無理やりシアンが注ぎ込む薬をとてつもなく嫌そうな顔でオメルは飲み続ける。だが水差しの中が半分ほど無くなると、涙目の彼はついに口を閉じてイヤイヤと首を振った。
オメルが残したぶんは、代わりにシアンが飲みきった。
「…!苦くないのか…!?」
「もう慣れたよ。……眠れない夜にときどき飲むんだ。この薬は痛み止めにもなるし、睡眠薬にもなるから便利だよ」
「眠くなるの?」
「そう、ぐっすり眠れる」
阿芙蓉(アフィヨン)というのは値がはるが、同時にありふれた薬だ。原料の植物は外国で育てられ、キサラジャにも広く流通している。
その効能を説明してやると、オメルはいつものように不思議そうな顔でシアンを見上げるのだった。
「──…どうしてシアンは、そんなに物知りなんだ」
「……?」
「…ああ、なんかさ、なんて言うかさ」
そして今度は寂しそうな表現を見せる。
「初めはシアンのこと、オレと同じだーって思ってたけど……でも違うよな。ぜんぜん違う。キレイで賢い。すっごく賢いし、それに強い」
「それは、かいかぶりすぎだ」
「違う!シアンはっ…違う、こんなとこであいつ等に馬鹿にされるのは変なんだ。ここにいたらダメなんだよシアンは!」
オメルは早口で叫んだ後、シアンに見つめられて…どうすればいいかわからずに布団を頭まで被った。
「オレはっ…あいつ等にああいうコトされるの…初めてじゃねぇよ……?」
「……」
「でもシアンが襲われるのは凄くイヤだった…!シアンには……見られたくなかったよ……、なんで」
布団に隠れた内側で、彼は泣いているのか。薬の副作用で一時的に興奮しているのかもしれない。
「君を助けられなくて……ごめんね」
「…っ」
「僕は奴等を止められなかった。…すまなかった」
すすり泣く頭にそっと義手の手を添え、シアンは静かに水差しを置く。
この小さな身体がいま、ありえない不条理のただ中で吐き出した苦しみを──拭う方法を知らなくて。
そして、手を添える事さえはばかられたシアンは、後ろに振り返り、彼の寝る寝台に背を付けて床に直接腰を下ろす。
「僕にはこうなる事が予想できた。近衛隊(ココ)へ来ればどんな目に合うかも全て知ったうえで来たのだから。だから僕の責任だよ」
平謝りとはなんて卑怯な。シアンは自分でそう感じた。
「…シアンが謝るなよっ…シアンだって辛かっただろ」
「僕は辛くないんだ。奴等に何をされても耐えられるんだよ。目的が…あるからね」
「……、目的……?」
「そう。目的を持つのは大事な事だ。僕に強さと……そして意味をくれる」
「…意味ってなんだ」
「生きるための意味だよ」
シアンが穏やかに語りかける。あんな扱いを受けていながら、辛さや怒りをまったく感じさせない落ち着いた声だ。
けれど落ち着いているが故に、身体の芯まで染み込むような深い憂愁を強調する。そんな彼の言葉を聞いて、オメルは思わず布団から顔を出した。
少し身体を起こして横を見れば、顔だけ振り向いたシアンと目が合う。
「君にもあるかい?」
「俺に……目的……?」
シアンの問いは、難題だ。
この国のいったいどれだけの人間が答えられるのだろうか。
目的。自らが生きている意味。
何のために生きて、働き、決められた時に寝て起きて、物を喰い、他人を騙し、笑いかけ……死ぬ時すら選べず与えられた一生をさ迷っているのだろう。
嬉しい事が起こればいいのか。楽しいと思える瞬間があれば、その一生に価値があるのか。
愛しい者さえいれば報われるのか。
死ぬほうが簡単なのに。いつまで続くかわからない生よりも、一度きりの死を選んだほうがずっとラクなのに。
望まれてすらいない。
" 僕 " が生き続ける事なんて、誰ひとり望んではいないのに……。
「オレっ…目的とか意味、とか、わかんない。
でも──…夢ならあるよ?」
「……ん?なに?」
「夢。いつか叶えたい夢」
「…っ」
オメルは寝台の上から、床に置かれた二人の荷袋に手を伸ばした。
自分のぶんをごそごそと漁り、少ない持ち物の中からある物を取り出す。
それは古びた本であった。
キサラジャでは文字を巻物にしたためるから外の国から持ち込まれた物だろう。一度捨てられたふうなボロボロの黄表紙には、シアンも知らない言語が刻まれている。
彼はそれの真ん中のページを開いた。
「オレの宝物。特別に見せるよ」
「──…!これは」
やはりボロボロのそのページには、──…白色の花が。
干からびた白い花が、貼り付いていた。
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