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バールの朝
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王都ジゼルの円形広場に面したバールで、バヤジットは朝食をとっていた。
貴族のみが暮らすクオーレ地区とは違い、外の街はこの時間、商人達の食事や買い付けで賑わいを見せる。と言えど、ふた月前と比べて目に見えて人の数が減ったのは──砂嵐の季節が近付いたのと、帝国とのいざこざが原因か。
活気が失われた広場を横断してバザールの方角へ荷物を運んでいるのは、隊商(キャラバン)宿から出てきたラクダ乗り達だ。
「近ごろの街道は危険みたいですぜ。なんでも帝国の土地じゃあ、わたしらキサラジャの隊商が盗賊に襲われても知らんぷりなんですわ。どうぞ襲ってくださいって帝国がけしかけとるとも言われとります」
「……」
上の空なバヤジットに世間話をしているのは、目の前の石窯で豆のスープを混ぜている亭主だ。
亭主は話しながら手も器用に動かしている。
釜の奥で煮込まれすぎた豆を取り除き、調理用の臼(ウス)の中に入れていた。練り料理にでもするようだ。
「びびって動けないキャラバンが多くて材料の仕入れもひと苦労です。…聞いていらっしゃいますか将官さま」
「将官さまに気安く話しかけるんじゃないよ、バカだねぇ」
お喋りをやめない男に対しては厨房からピシャリと苦言がとぶ。
奥から出てきた亭主の娘が、カウンターに座るバヤジットへ湯気の立った器を差し出した。
「炊きメシです、どうぞ」
「……俺は頼んでいないが」
「将官さまにサービスです!」
香辛料が芳ばしい炊き込み飯を置いて逃げるように戻っていく。
「おおいふざけるなぁ!うちにそんな余裕はねえぞ!」
亭主は客前にも関わらず、逃げた娘を大声で怒鳴っていた。
どうしてサービスされているのかわからないバヤジットが黙っていると、すぐ隣りの椅子を引いてスっと座った者がいた。
シアンだ。
彼はカウンターに背を向けて座り、バヤジットを覗き込んだ。
「芳ばしい香りですね、その炊き飯」
「…っ、シアンか」
「ええ僕です。おはようございます」
今朝のシアンは隊服を着ていた。ウッダ村から戻ったあの日に、今後はそうするようバヤジットが命じたからである。
「邸宅にいらっしゃらないと思ったらここで朝食をとっていたのですね」
「こういう人が集まる場所は情報収集に向いているからな」
「のわりに、話が弾んでいるようには見えませんでしたけど?」
「……」
「…?」
「…っ…いや、少し昔の事を思い出していて……な。そのせいだ」
「そうですか」
とくに興味もなさそうなのに、人懐く関わろうとしてくるシアン。
そんな彼の顔を数秒見つめたバヤジットは、目線が合わさったことで我に返り、弾かれるように目をそらした。
「お前こそ何用だ、シアン。いくら俺にまとわりついたところで王宮警備兵にしてやる事はできないぞ」
「ああ…あれ、僕の頼みを覚えていたのですね。ほんの冗談ですから気にせず忘れてください」
「だったら俺に付いてくるな」
「それは誤解ですね。ここでバシュと会ったのは偶然ですよ?」
席についただけで注文をしないシアンは、ニコニコとよからぬ笑顔をバヤジットに向けてそんな事を言っている。
「俺の家から遠いうえにクオーレ地区の外だぞ?偶然出会ってたまるか」
「そう睨まれましても……。だって貴方がお命じになったのでは?」
「ん?何の話だ?」
「──あそこ、彼は大喜びですよ」
「──?」
シアンが手を上げて、広場のほうを指し示す。
振り返ったバヤジットがその先を目で追うも、何人もの人間がいてシアンが何を指しているのか判断できない。
「ん……?」
すると広場の反対側から、明らかにこちらを目指して走ってくる人影があった。
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