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これから
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その後 彼等が浴場(ハンマーム)を出る頃には、街に夕刻が近付いていた。
この季節は夜が長く、故に日没も早いのだ。
バヤジットは戻りの道中で現れた部下に呼び止められ、何か重要な用だったのだろう…どこかへ行ってしまった。
よって今、クオーレ地区の門をくぐり中に戻ったのは、シアンとオメルの二人だけだ。
「へへっ、いい匂いだなぁ」
隣を歩くオメルは風呂上がりに塗った香油の香りに興奮している。
自分の腕をくんくんと嗅ぎながら、照れ臭そうに笑うのだった。
「シアンと同じだ」
「オメルの好きな香りで良かったよ」
その香油はシアンがいつも持ち歩いているものだ。湯浴み後や、また砂漠超えの際にも、肌を乾燥させないために使っている。
「外は楽しかった?」
「あーうん、楽しかった!」
これまでクオーレ地区の中に閉じ込められていたオメル。外の街はもっと危険だと信じ込まされていた彼は、今日、それが嘘であったと理解できただろう。
「メシも美味かったな。店のおっさんは意地悪してこなかったし、つーかむしろ優しかったな」
ただ、街人がオメルに親切だったのは彼が隊服を着ているからだ。本来の身分を知ったら、こうはならなかった。
「また行けばいいよ。頼めばバヤジット将官が許可をくれるさ」
「そうな。またバヤジットさまも誘って行きたいな」
「もう将官が怖くないのかい?」
「顔はっ……怖いけど。でもバヤジットさまは優しいよ。貴族なのに、優しいよ。なんでか知らんけど」
「ふっ、今度直接聞いてみるといい」
並ぶ二つの影が──石畳に長く伸びる。
オメルの影だけが、その場で陽気に跳ねた。
「これから先、僕がいなくなっても──…君は将官を頼れば大丈夫だからね」
「──!」
跳ねた足がストンと地面に着く。シアンの言葉を聞いたオメルは立ち止まった。
数歩先を歩いたシアンが、そっと後ろを振り返る。
「……シアンは、いなくなるのか?」
「……」
肯定も否定もしない。
シアンは自らも足を止めた。
「僕が消えたら寂しいかい?」
寂しがるに決まっている。オメルにとってはシアンだけが仲間だ。ひとりは不安に違いない。
だから彼をバヤジットと引き合わせた。
バヤジットはああいう男だ。オメルに危険がおよぶなら…必ず守ってくれるだろう。
それでもオメルはきっと、どこにも行くなとダダをこねる──シアンはそう予想していた。
けれど
「そりゃあ寂しいけど、しかたないか」
「……!」
「だってオレたちずーっとこんなトコにいるつもりないもんな!オレだっていつかは父ちゃんのいる村に帰るんだ。シアンだって…」
まったく取り乱すことをせず、オメルは大人しく受け入れた。
「シアンにだって帰りたい場所があるんだ、だろ?」
「…帰りたい、場所?」
「シアンがここに来た…目的?よくわからんけどさ、それが叶ったら二人でここを出よう」
「……っ」
「オレたちは貴族じゃない、から、どこだって行ける」
少しの寂しさを漂わせて明るく言い切ったオメルを、シアンは思わず見つめ返した。
オメルの丸く愛らしい目は、自分の夢を、そして、シアンの事を──真っ直ぐな心で信じていた。
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