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出会い?
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ざあざあと、雨が地面を叩きつける音が聞こえる。
いや、俺の身体に雨が当たる音かもしれない。
地面に触れる頬が痛いなんて考えながら、起き上がることができずに目を閉じた。
今日で何連勤だったっけ。もう何日帰宅していなかったっけ。
……あれ、俺、帰る場所あったんだっけ……。
黎夜side
時間は午前2時を回っている。
もう開いている店はなく、街灯だけが静かに道を照らしている。
会食がここまで長引くとは予想外だったが、幸い俺には送迎があったので困ることはなかった。
リムジンの後部座席でぼうっと窓の外を眺めていた俺は、地面で雨に打たれる黒い物体に目を止めた。初めは黒いごみ袋かと思ったが、身じろいだことから人間であることが分かった。
「止めてくれ」
「……雨が降っておりますが」
「分かってる。止めてくれ」
はぁ、と溜息を吐いた運転手を横目にドアを開け、外に踏み出すと髪や顔が濡れていくのが分かった。だが、そんなことよりも今は倒れた人が優先だ。倒れた身体に近付き、うつ伏せた身体を仰向けに抱きかかえると、それは見知った顔によく似ていた。会いたくて探していたその人に似た男はすっかり冷え切っており、このままではもしかしたら命も危ないかもしれない。
近くに落ちていた鞄も拾い上げ、男を抱え直すと、俺はずぶ濡れになりながらリムジンまで男を運んだ。
……暖かい……。
ふわふわとした夢心地から目を覚ますと、俺はバスローブでふかふかの布団に横たわっていた。当然、そんな場所を俺は知らない。体を起こすと、擦りガラスがはめ込まれたドアが開いた。
入ってきたのは身長190近い背の高い男。イケメンと言って遜色ない……というか、これほどまでに綺麗な顔をした男を俺は知らなかった。
「あ、だれ……」
「起きましたか」
襟付きのセットアップを着た彼は優しく微笑んで見せる。
「よく寝られたならよかったのですが。何か召し上がりますか?もう3日も寝たきりでしたし……」
「3日!?どうしよう、俺、仕事……!!」
「お休みをすることは伝えてあるので大丈夫ですよ。お医者様の診断書付きで」
「え……」
「過労だそうです。少しここでゆっくりしていただけると良いのですが」
男はゆっくり近づいてきて俺の頭に手を置いた。
「梵汐凪さん、ここで過ごすのは嫌ですか」
「なんで俺の名前……」
「失礼ながら、お財布を拝借しました。会社もそちらで」
「あ……あんた誰なんだよ」
「俺は皇黎夜。好きにお呼びください」
名前にも全く聞き覚えがなく、首を傾げる。なぜ自分が皇の家にいるのか全く分からない。
「皇……さん、俺は何でここに」
「社長、そろそろ出発されませんと」
いつの間に入ってきたのか、ドアの前に一人の若い男が立っていた。オールバックにした髪、真っ黒なベスト、堅気の人間には見えず口を噤んだ。
「あぁ……もうそんな時間か。梵さん、冷蔵庫の中の物も自由に食べて良いですし、風呂も家電も好きに使ってください。俺は少し出てきます」
「でも、俺……」
「大丈夫です。ここは元々一人では広すぎますから」
そっと俺の髪を撫でてそう言うと、皇児は溜息を吐いて若い男に視線を移し、部屋を出て行った。
ぽつんとベッドの上に取り残され、俺はどうしたらよいか分からないままドアが閉まる音を聞いていた。
3日間寝たままだったと聞いて、ベッドから降りた俺はまず風呂を探し始めた。どの部屋も10畳以上ある広い部屋ばかりで、あまり生活感はない。本棚ばかりの書斎にリビング、二つ目の寝室に衣裳部屋、キッチン、ダイニング……。やっと探し当てた風呂も例にもれず銭湯かというほど広かった。
ホテルのように綺麗に整えられた脱衣所にあった籠に脱いだバスローブを入れる。その下は見覚えのないパンツ一枚で、もしかしたら知らないうちに誰かに風呂に入れられたのかもしれない。だが今はそんなことを気にしても仕方がない。俺の疑問を解消してくれる皇も居ないのだから。
風呂に足を踏み出し、身体を軽く流した後、広い風呂に体を沈めた。
「はぁ……」
ゆっくり風呂に浸かるのなんて何時振りだろうか。毎日始発で会社に行き、終電がなくなるまで仕事をし、時には帰れない日もあった。自分がその会社に居ることを選んだというよりは、その会社にいる以外の選択肢を考える余裕すらなかったのだと思う。
やっぱり異常だった気がする……。皇が何者かはまだ分からないが、考える機会をくれたことには感謝だな。
そんなことを考えながら身を清め、風呂を上がるとこれまた分厚くてフワフワのタオルが用意されていた。其れで体を拭き、小さなメッセージカードの置かれた籠から下着とスラックスを取って身に着ける。メッセージカードには、【遠慮せずに使ってね】と綺麗な文字が並んでいた。おそらく皇が用意してくれたのだろう。
頭をフェイスタオルで拭きながら先ほど見つけたキッチンへと足を運ぶ。身体が清潔になり、仕事をしなくても怒鳴られない安心感からしばらく感じていなかった空腹感が襲ってきていた。
黒くて大きな冷蔵庫を開けると、綺麗な食材に挟まれるように、ローストビーフやスモークサーモンを使ったバケットサンドが置かれていた。【良かったら食べてね】とメッセージカードが乗っているのを確認し、バケットサンドの皿を手に取ると、ついでにリンゴジュースのパックも手に取った。
リビングのソファに腰掛けると、手から皿が落ちるのではというほど身体が沈み込む。何もかもがふかふかすぎだろと思いながら大理石のテーブルにジュースとバケットサンドを置いた。
真っ白な壁に向かうソファに違和感を覚えながら近くにあったリモコンを適当に押すと、天井のプロジェクターが作動し目の前いっぱいにニュース番組が流れ始めた。テレビなんて何年見て居なかったっけ、と思いながらバゲットサンドを口に運ぶ。すると、耳にしたばかりの名前が聞こえてきて顔を上げた。
『飛煌グループの皇黎夜社長は現在、アップステージ社を傘下に引き入れ、よりITに力を入れようと──』
アップステージは俺の会社だ。傘下?吸収合併されるってことか?俺は……。
「ニュースよりもドラマやアニメの方が気が休まりませんか」
ぷつんと画面が切り替わり、海外のギャグアニメが流れ始める。
「皇、さ……」
「はい、なんでしょう」
「皇さんは、何者なんですか」
「……ただの人間です。何者でもありませんよ」
困ったように笑う皇にそれ以上何かを追求するのは躊躇われ、黙り込むと彼は踵を返して部屋を出て行こうとする。それが酷く寂しく見えて、俺は思わず呼び止めてしまった。
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