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見える世界 side 陽
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おれはできない子だ。
みんなと同じようになにもできないおれは、お父さんに何度も何度も殴られた。
「この野郎ッ!」
「痛ッ……!」
父さんが仕事から帰ってきたとき、すぐにお茶を出さないといけなかった。
でもおれは出せなかった。
だから頬を思いきり叩かれた。
「お前は何度言ったら覚えるんだ!」
「っ、ごめ……なさい」
「謝るくらいなら覚えろ! この能なし役立たずがッ」
父さんの怒鳴り声は怖かった。
逆らえない。
母さんもいつもイライラしていて、目が合うとおれに怒る。
その日も父さんに殴られたおれを見て、母さんは言った。
「あんた見てるとほんとにイライラする」
「……ごめんなさい」
高校生になったおれの体には、言うとおりにできなかった罰としてアザと傷がたくさんある。
ぜんぶおれが悪い。ぜんぶ。
そしてある日からおれは、外の人としゃべらなくなった。
感情の糸が切れてなくなったみたいに、なにも感じなくなった。
父さんに殴られても蹴られても、痛いのに痛くない。
「お前、ロボットみたいだな。気色悪い」
いつかの日、そんなことを言われた。
痛くても泣けなくなった。
これがおれの当たり前だった。
言うことを聞いていれば、できる子になれば、父さんも母さんもおれを認めてくれると思っていた。
でもできない。
おれは優秀じゃないから。
「____陽くん、こんにちは」
高校2年のある日、親戚の人が訪ねてきた。
名前は冴島貴弘さん。
おれが中学生の頃から知ってるやさしいおじさんだ。
彼はお坊さんで、ふだんは黒い袴を着ているけど、その日はスーツだった。
「……」
「陽くん、あのね。話したいことがあるんだ」
「……」
「私のところにこないかい?」
「?」
わからなかった。
やさしい目で貴弘さんが言ったその意味が、一瞬わからなかった。
「私が、陽くんのお父さんになるってことだよ」
「…………おと」
「そう、お父さん。でも陽くんが嫌だったらそう言ってほしいんだ。きみのこの傷は、見ていると心が苦しくなる」
そっとおれの手をなでる貴弘さんの温かい手に、どうしてか涙がこぼれていた。
どうして泣いているんだろう。
貴弘さんはほんとうのお父さんじゃないのに。
大好きな両親が、いるのに。
自分の体が自分のものじゃないみたいに、貴弘さんの話を聞いて無意識にうなずいていた。
おれは貴弘さんと家族になった。
苗字が相田から変わって、冴島 陽がいまの名前。
「陽、おいしいケーキを買ってきたよ」
「おか、えり」
貴弘さん__父さんはやさしかった。
おれができない子でも殴ってこない。
洗いものをしているときにお皿を割ってしまっても、父さんは怒らない。
それどころかおれの手がケガをしてないか心配してくれる。
ふしぎだった。
「父さん……ごめん、なさい」
「え? どうしたんだ、陽」
「て、テスト……これだけ100点、とれ……なかった。ごめ……なさ……」
中間テストの点数は、ほとんど100点だったのに苦手な数学が86点だった。
前の父さんには、100点以外をとるとバカ野郎と引きずり回され服を着たままシャワーの水をかけられて。
だからまた同じことをされると思ってすごく怖かったのに。
ふるえるおれの手をとった父さんはいつも以上にやさしい笑顔で。
「なんだ、そんなことかぁ。謝る必要はないんだよ、陽。苦手な教科で86点なんてとれたら上出来だ。それに他の教科は100点か、ほんとうに頑張ったんだね」
「……っ」
「大丈夫、ここには陽を怒鳴る親はいないよ。だから、頑張りすぎないでおくれ」
「でも……」
「陽はほんとうにできる子だけど、私はもっと身軽にいてほしいんだ。テストの点数は100点を取らなきゃダメなんてことはないよ」
頭のなかがグシャグシャになりそうだった。
おれは許されてる?
100点とれなくても、認められた?
そのとき、またおれはボロボロと泣いた。
初めて認めてもらえた気がして。
「____陽、昼飯どれにする?」
おれは高校3年生になった。
隣の席、祐希はおれの友達になってくれたやさしい人。
この人は声が父さんみたいにやさしくて、初めて声をかけられたときからふしぎと嫌な気持ちはしなかった。
「……煮込み、ハンバーグ」
「ぷ、かわいいチョイス。んじゃ俺もAセットでいいや」
祐希は運動ができて頭がよくてやさしいと噂が流れていた。
だからおれは前から知ってる。
幼なじみらしい要のことも、いつも2人がいっしょにいるから知っていた。
煮込みハンバーグのセットを受けとってキョロキョロと席を探す。
「あ、いいとこあった。おいで陽」
「うんっ」
2人で席について、祐希にもらったカメのぬいぐるみを近くに置いた。
「それ気に入ってんな」
「うん……かわいい」
「ハンバーグのソース気をつけろよ〜?」
「危ない」
「あれぇ? 陽ちゃんじゃ〜ん」
背後から聞こえた声にビクッとする。
振り返ると1人の男がいて、声をかけてきたのはピアスをいくつもつけたチャラ男だった。
その男には見覚えがある。
「元気そうじゃん、なぁ?」
「……」
この男は前に……
「こーんな顔がきれいなやつはこの高校にいないからよォ。またしゃぶってくれよ、なぁ陽ちゃん?」
あごをグッと指で引かれ、男との距離があと数センチになる。
背筋が凍って動けなくなると、ガタッと大きな音がした。
「断ったらどうなるか……わかってるよな?」
「おい」
「あァ?」
祐希の手が、男の腕をつかんだ。
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