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絶頂 -2-
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木田が今の櫻井の姿を見ていれば、もっとはっきりと心配を態度に表したであろう。
2人が出て行って3分、社長は机に肘を突き顔の前で指を組んだまま、何も語らずずっと櫻井を見つめている。櫻井には既に時が30分は経過したように感じられた。
「何も言わないってことは」
社長がとうとう口を開き、櫻井の肩がギュウッと縮こまった。
「お前から俺に言うことは何もない……ってことでいいの?」
櫻井は口を開かなかった。言うことがないわけがない、しかしそのどれもこれもが、決して言いたくないことばかりだ。
「お前が何も言わないなら俺が聞くけどね、俺は黒宮と深く関わらないようにってことは言ったね?」
「……はい」
「だけどお前は黒宮と何がしか交渉をしてるわけだね?」
「はい、してます」
「それで結果、お前は今どうなってる?」
「それは……そんなに、ひどいことにはなってませんよ」
最後の発言は嘘だ。
「櫻井」
「はい」
「何をしてるのか知らないけど、黒宮と関わってみて実際あいつをどう思った?」
「……決して普通の人では無いと思いました」
「そういうところがいいと思う?」
「いや、そうじゃない方がいいとは思いますが」
「そう」
社長は一瞬目を伏せた。
「なら俺はこれ以上何も言わないから、うまいこと黒宮との縁を切って」
「え?」
急に社長の態度が軟化した理由が、櫻井には分からなかった。
「あいつに既に心酔させられてたらお前のことは切ってるよ」
「う……」
「だけどそうじゃないみたいだから。これは本気で言うけど、今が逃げ時だよ」
「すいません、話がよく見えないんですが……」
「あぁ、そうか……」
社長の表情が、最初に黒宮のことを話したときと同じものになった。
「俺は一度、香月のことを問い詰めたことがあるんだ」
「えっ!?」
「あまりに黒宮に尽くし過ぎているのが気持ち悪くてね、黒宮とうまくいってるかどうかってことから話してたんだけど、話を煙に巻こうとしたから脅されてるんじゃないかって聞いたんだよ」
「はぁ……」
「そしたらあいつ、開き直ってさ。確かに脅されてるってはっきり答えたよ。……その脅迫こそが、自分と黒宮を繋ぐ鎖なんだってさ」
「……」
何を言っているのかと思ったが、社長の表情から察するに、事実そう言ったのであろう。
「その時の香月の表情が、俺は怖くってね……カルトにはまる人間ってあぁなるのかね」
「カルト、ですか」
「いや、俺は本当に香月が黒宮のことを現人神かなにかと勘違いしてると思ったよ。
『脅迫っていう1つの関係があることが俺は嬉しいの、弘毅の期待に応えることが俺に強制的に課されてるって思うと、何だってする気になれるし、常にどうすれば期待に応えられるかって考えられる。それが俺の幸せなの』」
社長の身振りと声真似はいささか大袈裟だが、彼の伝えたい狂気を分かりやすく汲み取れる。
それでもまだ信じきれない。香月麗二、プライドが服を着て歩いているという言葉が誰よりも似合う彼が、黒宮相手にはそんなマゾヒストに成り下がるというのか?
「……お前もこうなりたい?」
「いや、なりたくないっていうか、さすがにそんなことにはならないしょう……」
「香月だってそんな人間じゃなかった。本当にあいつは、世界が自分を中心に回ってなければ気が済まない男だったのに、それがガラッと変わったんだよ……」
社長の声は、最後の方はほとんど消え入りそうになっていた。
「櫻井、俺はお前のことを買ってるんだ。だからこそ黒宮に引っ掛からないでほしい。これは本当にお願いする」
社長から怒りの雰囲気は消え去っており、その眼差しには誠意すら感じられた。
「……分かりました。ただ、すぐに今までの話を無かったことにするというのも、おそらく無理でしょう」
「それだけはお前に頑張ってもらうしかないね……それでも、まだ手遅れじゃないだけよかった。今日はお疲れ、ゆっくり休んでね」
社長に促されて、櫻井は一礼して部屋を出た。
ガチャリという音のあと、櫻井は今閉ざした扉の前に留まった。
視界は自分の影のせいで暗い。身体全体には寒気が走っているのに、首筋から背中にかけて汗が垂れ流れているような不快感がある。
……木田と前島は喫煙室にいるだろう、迎えに行かなければ。そう思い立ったのはそれから1分は経った頃だ。
サポートメンバーがいなくなった、社長にもバレた、もう猶予はない。
今夜にでもことを進めなければ。
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