アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
絶頂 -8-
-
「ねぇ武上、少し話し相手になってくれない?」
櫻井がここまで運ばれてきたのと同じ車に乗り込んだところで、運転席の武上に語りかけた。
おそらく今の香月の態度を見れば、櫻井の目にも普段の香月と一致することだろう。香月が黒宮以外の人間に対し高飛車でいるのは、武上相手にも変わらない。
「弘毅は櫻井くんに何を期待しているの?」
「うかがっておりません」
「……まだなの?」
「はい」
香月はルームミラーで武上の表情を覗き見たが、表情はいつもと変わらぬ仏頂面だ。
香月はいつもこの男を羨んでいた。
武上は何も言わずとも黒宮の期待に応える働きをする、見返りを求める素振りも見せない、だから黒宮に重宝される。彼のようになれればと何度思ったことだろうか。
しかし今はそのことよりも、櫻井の今後が未確定であることへの驚きが先行した。
彼の身体は今夜堕ちたも同然なのに、その先が決まっていなければ彼に『役割』を持たせられないではないか。
「……聞いてないだけ?武上、お前は分からないの?」
「分かっています、しかしうかがっておりません」
淡々と武上は答えた。
分かっている?黒宮の胸中を?
香月がその言葉を訝しく思ったのは一瞬だった。武上の黒宮に対する分析の深さは、既に認めているところだ。
認めながらも、いつも信じがたいと思っている。このロボットみたいな大男が、誰よりも黒宮を理解しているなんて。
「そう。で、お前の予想では、弘毅は櫻井をどうすると思うの?」
「黒宮さんの期待に外れる方へ行動を起こします」
「は?」
香月は車内としては必要以上の声を出してしまった。
「……冗談言うくらいには俺に気を遣ってくれてるの?面白くはないけど」
「香月さんを気遣って言った言葉ではありません。予想を述べたまでです」
「いい加減バカ言わないで……そんなに弘毅のことナメてんの?」
「そのようなつもりは一切ありません。しかし、黒宮さんが自身が望む方向へ櫻井を導くことは無いでしょう」
香月はもう一度武上の顔色を見た。
何度見ても変わらない、こいつが自分の前で、その表情を動かしたことなど一度もない。
香月は携帯を取り出して、すぐさま黒宮に繋いだ。普段ならこんな勝手なこと許されない、しばらくは黒宮との接触を断たれるほどの横暴だ。
しかし香月はそのことを忘れるほどに、武上の言葉に不吉なものを感じていた。
以前感じたものよりずっと強力な不安感を。
「黒宮さんはその電話を取りません」
「なんでそんなことが分かる!」
香月が叫んでも、事実は武上の述べたとおりだった。呼びだし音は虚しく香月の耳に響き、それはじきに留守番電話サービスに切り替わった。
香月は電話を切ってもう一度黒宮の電話番号を呼びしたが、繋がらない。4度目のコールサービスの音声が流れたところで香月はその作業をやめた。
そしてもう一度「なんで……?」と声を震わせて武上に問いかけた。
「俺はあの方が期待すること、望むものを考え、それらを叶えるために行動をします。そのためには黒宮さん自身の行動を予測することも必須となります。あの方が何を望むか、どう行動するかを俺は常に考えています」
「だからなんで!なんでお前はそれが出来るの!?」
潤む視界の向こうにある運転席を睨みながら、香月は声が割れるほどに叫んだ。
「あなたの家に到着しましたが」
「質問に答えろ!!」
「それが俺の仕事だからです」
「だからって!それだけで人の心なんかそこまで分かるわけがない!」
武上は怒鳴る香月を無視し、車を降りて香月側の扉を開けた。
「職務の全うのために、できることをしているだけです」
無表情の武上と向かい合って、香月は背筋を震わせた。
黒宮にそれだけ尽くし、黒宮に信頼を置かれ、黒宮の言動についてそれほどに確信を抱きながら、なぜこの男には少しの驕りも、黒宮への思いすらも感じられない?
唇を噛み締めてしばらく動かなかった香月だが、堪え切れずに一粒涙を落としたあとで立ち上がり、落ち着いた声でこう言った。
「……もうひとつだけ教えて」
「はい」
「弘毅が本当に、本当に自分の本心と違う行動に出たら、お前は弘毅の期待のために働く?」
「あの方の命に従うことが仕事の大前提です。俺の自主的な行動は、黒宮さんからの直接の指示に優先されません」
その言葉で、香月も理解した。
武上は既に分かっているし、香月もどこか納得してしまった……あの黒宮の表情を見たからだろうか。
黒宮はもう、自分を制御できなくなり始めている。
「分かった。もういいよ、送ってくれてありがとう」
「おやすみなさい」
黒宮が期待すること、黒宮が次に取る行動。
そのことだけを考えようとしても、自信の持てない憶測を悪戯に頭に浮かべるだけしか、香月には出来なかった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
29 / 88