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解放 -10-
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「話が二転三転してしまい申し訳ありませんが、昨日の話、無かったことにしていただけないでしょうか」
昨日の昼にしたように、櫻井はデスクに腰掛ける社長と対面していた。
櫻井の言葉を聞いた社長はポッカリと口を開け、頬杖を突いたまま回転いすを右に左にユラユラと揺らした。
「いや……何も変わらなくなるだけだから、俺は構わないけどね。それは、まぁ、よくやったね」
社長はうつむきながら、事実を何度も確認するように頷いた。
「俺も思ってませんでしたよ、こうなるなんて」
「本当にね。で、黒宮は今度は何をする気なの?」
「……さぁ」
櫻井は天井を見上げて、ため息を吐いた。
「無かったことになるんですかね、全部」
ボンヤリと上を向き続ける櫻井を、社長はしばらく観察するように見つめていた。
その社長も櫻井に倣うようにため息をついてから、沈黙を壊すように「んーーーっ」と伸びをした。
「そうであってくれると俺もありがたいね」
「なんとか社長の意向に沿うようには、頑張ります」
今日の面談は昨日ほどの時間もかからずに済み、「これからも大変だけど頑張ってね」と櫻井は背中を押され部屋を後にした。そしてボンヤリと残っている仕事のことを考え出したときだった。
「っ……!」
視界の隅で何かが動いたことは分かった。しかしそちらを振り向いたときには、伸びてきた両手が櫻井を捕え、すぐそこにあった男子トイレへと引きずり込まれていた。
「ちょっと!んっ……!」
櫻井が上げかけた抗議の声は、急襲者の唇に寄って塞がれた。吸いついてくるような口付けに櫻井は反射的に唇を固く閉じ、その男はハハハと笑いながら顔を離した。
「あんた……!」
「まぁまぁ、そんな怖い顔すんな」
櫻井は声をひそめながらも、襲ってきた武上を見上げ眉間に皺を寄せた。
武上は睨む櫻井の腰を抱いて個室の中へと誘い、便器に腰かけた自分を跨ぐように櫻井に腰を下ろさせた。
「悪いな、本当はドライブといきたいところだが俺も時間が無いんでね、ここでのデートで我慢してくれ」
「分かったから、さっさと用件だけ済ませてくれ……!」
声をひそめて叫ぶ櫻井をあやすように、武上はその髪を上から下へと何度も撫でた。
「そうだな、まずお前に、どうしてもお礼が言いたかった」
「お礼?」
櫻井は訝しげに聞き返した。
「あぁ。お前のお陰で黒宮さんのことを初めて負かすことができた」
「……何の話だ?」
「黒宮さん……あいつはな、理想の王国を作ることに人生を賭けてる」
「その話なら、少し聞いた」
「おぉ、そんなことまでお前に話したのか!俺の予想通りだ。それで、俺と黒宮さんはいつも賭けてたんだ。狙った人間が国王のしもべと成り下がるかどうかな」
櫻井の眉間にますます皺が寄った。
「……人の人生であんたら遊んでたのか?」
「それが条件だからな!俺が黒宮さんの手足として働く条件だ。黒宮さんはいつも相手が自分の思い通りになる方、俺はならない方に賭ける。黒宮さんが勝てばボーナスという報酬が、負ければ休暇が俺には与えられる。そして俺の仕事は黒宮さんの命令通り動いて、黒宮さんの勝ちのためにあんたら哀れな子羊ちゃんたちをコントロールするってこった」
説明を聞きながら、櫻井は大きく首を傾けた。
「……賭けのシステムが破たんしてないか?」
「いいんだよこれで。黒宮さんが俺に求めてるのは職務の全うだけだ、俺をどうこうしようなんてかけらも考えちゃいねえよ。俺は金のため、黒宮さんのために全身全霊で負けに行く。ていうか、そうでもしないと俺の勝ちっぱなしだからな!」
武上が大きく息を吸って吐く腹の動きが、膝に跨る櫻井にも伝わってきた。
「あいつはとんでもねえピーターパンでな、世界を自分の思い通りにしたいとかいう夢にあの歳でまだ真剣だ。すげえだろ?そんなこと無理に決まってるし、今まで賭けてきた相手だって黒宮さんの言いなりにはなっても、すべての動きが期待どおりってわけじゃねえ。でも認めねえんだよなぁあの人、ある程度のラインでまたオモチャが1つ増えたって満足しちまう。俺はあの人のそういうところが本当に大好きなんだよ、気取り方もネジの外れ方も中途半端なところがたまらなく可愛いよな!実際報酬抜きで働いてやってもいいが、たまにはあの腐ったおつむに現実とチンポを叩きつけてやりたいしな。俺にしてみりゃ負けで上々、勝てば万々歳ってわけだ。仕事は厳しいがやりがいがあります、この仕事に就けてよかったです!ハハハ!」
演説が笑い声で締められたところで、櫻井はため息を吐いた。
「今日だけで、今まで聞いた分以上のあんたの声を聞いた気がするよ」
「なに、秘密にしてたがお喋りが大好きなんだ。お前ともずっと話したかった。好きな人とはいくら話しても飽きないからな」
「……博愛主義は誰も愛してないのと一緒って聞いたことあるぞ」
「バカにするな。俺の愛には序列も贔屓もあるし、ちゃんと苦手な相手だっているぞ。そうだな、例えば室井健嗣なんかは苦手なタイプだ。あいつはみんなが頑張って取り繕ってる道徳を地でいきやがるし、駆け引きが通用しないからな」
「それだけ聞けたなら収穫だ。もう降りていいですか?」
「待て待て待て!あんたに1つ確認したいことがあるんだ」
武上は櫻井の両肩を抱き、目を見合わせて神妙な面持ちを見せた。
「俺とセックスしちまったの、大丈夫?気にしてない?」
わざとらしくしおらしい声をあげてみせる武上に、櫻井はもう怒る気にもなれなかった。
「別にいつも同じようなことはされてたろ……悪いが、あんたにヤられたからって何もならねえよ」
それを聞くと武上はホッとしたような、寂しそうな顔で笑った。
「そうか……男としては悲しいが、安心した。俺とセックスしたことがあんたにトドメを刺したんだとしたら、黒宮さんに会わせる顔がねえ」
「俺に会わせる顔の方はどうなんだ」
「んん?お前のことも好きだけど黒宮さんの方がもっと好きだからなぁ」
「答えになってねぇ……」
「あぁそうそう、大事なことを忘れるとこだった」
武上がパチン!と指を鳴らした直後、櫻井は急に自分の背中に手を回した。
「なんだ!?」
腰の辺りに急に感じた異物感。
「ハハハ!俺は手品もそこそこ出来るんだ」
まさぐってその正体を探し当てると、薄いプラスチックの板のようなものが入っていた。
「なんだよこれ……DVD?」
櫻井は透明で味気ないディスクケースを目の前に掲げて、白い素っ気ないデザインの円盤に目を凝らした。
「ヤらせてくれたお礼だ。夜なべして編集した力作なんだ、是非とも見てくれ」
「……まさか」
「いや!断じてお前の絡む映像じゃない。むしろ、お前が欲しがってただろうものだよ」
「俺が欲しがってたもの……?」
武上は答えの代わりに櫻井の尻をポン!と叩いた。
「名残惜しいがそろそろ魔法が解ける時間だ。この時をあんたと一緒に過ごせて楽しかったよ、じゃあな」
櫻井の腰を掴みあげて立たせると、武上は鼻歌を歌いながらトイレを出ていった。
取り残された櫻井は、武上の出ていった先と、渡されたディスクとを、交互に見返しながら首を傾げた。
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