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十三話
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「ふりだしに戻っちまった」
「次は逆にしようよ、私が開けるから烏丸さんは矢印を」
交代を申し出た葵ちゃんの目が、向かって右手の襖に吸い寄せられる。
ほんの少し開いてる。
「さっき開いてたっけ」
「覚えてねえ」
葵ちゃんが引手を掴み、からから襖を開く。
「すご……」
極彩色の洪水が四面を覆い、生地に焚き染められた白檀や伽羅の香りが噎せ返るように立ち込める。
十畳程度の座敷に犇めく単に打掛に襦袢、そこらじゅうからかき集めてきたらしいありとあらゆる女物の着物。
鳥居に似た赤い衣桁に袖を広げる形で掛けられ、豪華絢爛に部屋を彩っている。
葵ちゃんが感嘆を零す。
「蝶の標本みたい」
人はいない。
誰もいない。
戦利品を誇示するように、贅を尽くした着物だけが飾られている。
「近寄っちゃだめだ!」
ふらりと歩き出す葵ちゃんを牽制、手首を掴んで引き止める。
「なんで?もっと近くで見物しようよ」
あどけなく小首を傾げる葵ちゃんに凄まじい違和感が働く。
具体的にどことは言えねえが、この部屋は絶対おかしい。
誰かが標本箱の蓋をずらし、上から覗き込んでるみてえな感じ。
葵ちゃんは俺の腕を振りほどこうと暴れ、引っ掻き、噛み付いてくる。
「!?ぐっ、」
操られてんのか?
見知らぬ誰かの気配が濃さを増す。得体の知れぬ存在感が強くなる。
標本箱の蓋を開け、視線の針で刺し貫こうとする。
「だめだ戻ってこい、この部屋なんか変だ、危ねえ匂いがぷんぷんする!」
「綺麗……」
女の抜け殻を展示した奥座敷。
方々から突き刺さる視線の圧。
邪悪な意志が部屋全体に渦巻き、畳の四隅に影を落とす。
「よく考えりゃあの隙間だって開けてくださいって言ってるようなもんじゃねえか、罠だよ絶対!」
制止の声も届いてねえのか、葵ちゃんが恍惚とした表情で虚空に手を伸ばす。
虚ろな視線の先じゃ瑠璃の光沢帯びた青い着物が、展翅された蝶の如く、左右対称に振袖をたらしていた。
「捕まえなきゃ。ジュンにあげるの。仲直りのしるしに」
両目の焦点が拡散し、瞳孔が開ききった葵ちゃんが、片手に竹刀をひっさげた俺を馬鹿げた力で引きずっていく。
竹刀を捨てりゃ止められるかもしれねえが、爺ちゃんの面影が過ぎって迷いが生じる。
「取り込まれるぞ!」
指先が触れた刹那、着物が飛んだ。
衣桁からひとりでに離れ舞い上がった着物が、葵ちゃんの脳天を覆ったのだ。
「真っ暗で怖い!」
ヒステリックに暴れ、前のめりに倒れ込んでなお悶え、あっちこっちに転がり蠢く。
「葵ちゃん!」
跪いて抱きかかえた着物がスッと萎む。
腕の中には薄平べったい抜け殻だけ。少女は跡形なく消えちまい、美しい翅だけが残された。
あと一歩で葵ちゃんを救えず、打ちのめされた俺を嘲笑うように、狂ったけたけた笑いが響き渡る。
笑ってるのは着物たちだ。
部屋中に飾られた色とりどりの着物たちが細波の如く振袖を揺らし、甲高い女の声で嗤っている。
『ここは小山内の蝶々座敷。旦那様の誉れを飾る蔵』
紋付き袴の侍が女を脱がし、その着物を褥に代え、押し倒す光景が像を結ぶ。
ここは妾の衣裳部屋。
地獄蝶の主人が愛人に貢いだ着物を飾り愛でる場所。
真実を悟った瞬間、衣桁に掛けられた着物が一斉に飛び立った。
『ふふふ』
『ふふふふふ』
『あははははははは』
『あははははははははは』
「何もおかしかねーよ、葵ちゃんを返せ!」
金糸銀糸で刺繍を施した振袖を翻し天の羽衣が乱舞する。いずれ劣らぬきらびやかな蝶の祝宴。
翅に見立てた振袖を緩やかに打ち交わして揺蕩い、螺旋を描いて飛び回りながら豪奢な帯を撒き散らす。
山吹色と浅葱色が十字に交わり、蘇芳色と常磐色が斜に敷かれ、若紫色と小豆色が囲うように錯綜し、百花繚乱咲き乱れる。
優雅にたなびく帯を竹刀で払い、丁々発止と捌きながらとんで跳ねて格闘中、死角から放たれた帯の先が足首に巻き付いて引き倒す。
「!っ、」
畳で顎を打ち意識が飛ぶ。腹の下で畳が擦れて裾が捲れた。竹刀を立てて抗うも無駄、ずざざざと引きずられた所に幾重にも帯や着物が絡み付く。
死に物狂いに這って逃げ、上体を浮かす。すかさず布が殺到し、顔と体をぐるぐる巻きにする。
口の中に乾いた布の味が広がる。猿轡を噛まされた。圧迫感にえずく。
四肢に巻き付いた帯やら着物やらがギシギシ引っ張られ、手足がもげそうな激痛が苛む。
「ぐ……」
『まこと愛い蝶よ』
扁平な闇が被さる。目隠し。視界を奪われたプレッシャーに毛穴が開いて汗が噴き出す。
畳すれすれに宙吊りにされた。
「!?」
しめやかな衣擦れの音に続き、下半身に絡んだ布が猥らがましく蠢き始める。
肌に感じるひやりとした外気……肌を暴かれ尻を晒された。正絹の帯が器用に動いて服を捲り、はだけ、萎えた陰茎に絡み付く。
やめてくれと狂おしく願い、自由の利かない体で杯暴れるのを無視し、するすると淫靡な衣擦れを伴った帯が動く。
「っ、ふ、ぐ」
生きた布に犯される恥辱と混乱に増して、化け物に好き勝手される嫌悪が膨れ上がる。
『活きがよいの。もっと暴れろ』
「!!あ゛ッ、が」
布で吊られた手足足首が軋み、たまらず苦鳴を漏らす。何が目的だ?俺の心を折る魂胆か。右手の数珠が真っ黒に濁って危険を告げ、帯の動きが加速する。
「ふッ、ふッ、ふゥ」
滑らかな絹で一番敏感な場所を繰り返し擦られ、次第に陰茎が勃ち上がっていく。
物欲しげにぱく付く鈴口が濡れ光り、ぽたぽた滴る先走りが布に落ち、恥ずかしいシミを広げる。
粘っこいカウパーを塗した絹はぬめりけを増し、ローションオナニーと同じか、それを上回る強烈な快感を注いでくる。
「ふ~~~~~~~~~ッ、ん゛~~~~~~~~~~ッ!」
駄目だ、イきそうだ。
カウパーをしとどに吸った絹帯が陰茎を摩擦する。カリや括れや裏筋、張り詰めた睾丸や会陰までくすぐられ、大量の涎を含んだ猿轡を噛んでよがり狂い、手足を縛る布をめちゃくちゃに引っ張る。
拷問はまだ終わらねえ。膝裏に巻き付いた帯の残り生地が尻を剥き、熟れた会陰を揉みほぐす。
反対の膝に巻かれた帯が胸板や腹筋を這い、むず痒く疼く乳首を擦り立て、しゅるしゅると首を絞める。
「んっ、む、あふっ」
窒息の苦しさに喘いだそばから、背後に不穏な気配が忍び寄る。首をねじった直後、衝撃が貫いた。
「んんん゛ッ、んっむ゛ッん」
激しく会陰を擦られ、倒錯した快感に仰け反る。
前と後ろ双方から同時に送り込まれる刺激の強さに痙攣を引き起こし、錐揉み状に変形した帯で滅茶苦茶に尻を突かれ、嗚咽と喘ぎがまじった声を漏らす。
『もがけ。あがけ』
帯が首を絞める。緊縛が強まる。血が集まった陰茎が固く膨張し、不規則な脈を打って限界を知らせる。その間も抽挿は続き、前立腺を裏漉しするように突きまくる。
「ん゛ッ、んッ、んッ」
茶倉。
爺ちゃん。
絶頂が近いことに恐れ慄き、少しでも暴発の瞬間を遅らせんと二人の顔を思い描く。
「ふ~~っ、う~~っ」
瞼を閉じても開けても暗闇。蠢く異物がもたらす苦痛と快感。
きゅうせん様にヤられてる茶倉もこんな気持ちなのか?
俺だって死ぬほど苦しいんだから、ガキの頃のアイツはもっと痛くて苦しい思いをしたはず。
『ミミズに耕されて孕んで産める体になりたいんか。死ぬまで苗床になる覚悟があるんか』
「ふっ、う゛っえ゛ぐ」
なんもわかっちゃなかった。物分かりよく理解したふりで、覚悟が伴っちゃいなかった。
人外の化け物に凌辱される苦しみも、心と体が壊れる絶望も。
『死ぬほど苦しいで。心が折れる』
「あっぐ、ん゛んッ~っ」
俺の願いが叶い、きゅうせん様を半分引き受けたとして、これ以上の地獄に耐えきれんのか?
『あーおかし、傑作。俺がしてきたこと全部パアや』
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん゛ん゛ん゛!」
真っ白な閃光が爆ぜ、股間に粘り気が飛んだ。
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