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ある不幸な青年
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そこは古代ローマのコロッセオのような円形劇場だった。すり鉢状のステージの底にスポットライトが当たり、傾斜に沿って観客席が配置されている。
観客は皆、意匠を凝らした仮面をかぶっていて、素顔が見えない。
ここはオークション。希少な美術品や宝飾品……それから人間。臓器移植のパーツを取るため、または歪んだ性欲を満たすための生き物。そういった非合法なものばかりを取り扱う闇市場だ。
名前を呼ばれてステージに立たされた朔(さく)は、蟻地獄の底から観客席を見上げた。
ここは落ちたら絶対に這い上がれぬ砂丘。一度オークションに出品された人間は、二度と日の当たる場所に戻ることはできない。
『それでは最低値から始めます。百!』
競りが始まった。しかし一向に入札の声はかからない。おそらく売れ残る。朔は自分でも分かっていた。
美形でない、普通の男。少年の年頃をとうに過ぎた大学生。黒髪で地味。小柄。特技はない。何より、顔の左側に大きな火傷の跡がある傷物。大金を払ってまで手に入れる価値はない。
売れ残ったらどうなるのだろう。身体は健康だから、移植の為に内臓だけ取られるのかな。朔はぼんやりと他人事のように考えていた。何もかもがどうだって良かったからだ。
きらきらと輝くスポットライトを見ながら、十八歳の誕生日の晩の事を思い出していた。
ある春の日の夜の楽しいホームパーティー。社長の父とその秘書として働く母親、幼い妹。多すぎるほどのカラフルなアルミバルーンと壁のガーランド。華やかなパーティー料理。妹と母親が共同で作ってくれた、誕生日のケーキ。
家族で他愛もない話をした。朔は通っている大学の話をしながら、希望に目を輝かせていた。
これから楽しいことがたくさん起きる。そう信じていたその日の晩。火の不始末から火事が起きた。
たまたまコンビニに買い物に行っていた朔だけが、難を逃れた。燃え上がる家、消防車と救急車のサイレン。家族を助けようとして朔は火の中に飛び込んで……小さな妹をしっかりと抱いて外に出た。柱にぶつかり燃えるように熱い左頬。こぼれる涙。腕の中の、小さく可愛らしい妹は……顔を真っ黒に焦がして、ぴくりとも動かなかった。
……パーティーの後、朔は何もかも全てを失った。
残ったものは莫大な借金。倒産した会社と路頭に迷った従業員。怨嗟と怒号。挙句の果てに、朔は非合法的な組織に売りとばされる。
そして身体に手を加えられた。毎日行われる快楽の責め苦。優しく甘い囁き声。
『君は顔に傷があるから……そのぶん、カラダを使って男の人を悦ばせなさい』
そこからは大概の人間が思いつくようなこと。人間の尊厳を傷つけるようなことをされ続けて、このたびようやく性奴隷として出品という運び。
朔はぼんやりと上を見上げた。早く楽になりたい。父さんと母さんと、妹がいる所に行きたい。このスポットライトの遠く向こうの方に天国はあるのかな。
そう思った矢先だった。
「……五百」
『五百、出ました! これ以上出すという方はいらっしゃいませんか?』
手は上がらなかったので、朔は五百万円で競り落とされた。きょろきょろと見回すが、誰が入札したのは分からない。
不思議と笑みがこぼれる。もうどうにでもなれ。朔は心からそう思った。
俺はまだ、家族の待つ天国には行けそうもない。
真っ先に行くとしたら……変態に飼われて、飽きたらポイ捨てされる生き地獄だ。
真っ暗なステージに差し込む、一条の光のようなスポットライト。それはさながらお釈迦さまが天から垂らした蜘蛛の糸。すべてを失った青年に与えられた、タイトロープだった。
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