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✽溜色と満月✽ 1
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明治26年9月。宮内省に勤める近衛は宮内省式部職の次官となり、国際親善担当となった。
異例な程の早い出世の背景には、近衛家の嫡出子である事と宮家の令嬢を娶った事が要因であろうと思うていた近衛本人は、この出世を喜ぶ事はなかった。
妻が亡くなってもう4年になるが、それでもこの影響力だ。この縁談が持ち上がった明治22年当時もそうであった。
この年、貴族院令により貴族院議員の種別として華族議員が設けられた。公侯爵は30歳に達すれば自動的に終身の貴族院議員に列され、父は公爵で選挙はないが、華族であっても有爵者ではない三人の兄達は第1回衆議院議員選挙を勝ち抜かなければならなかった。
それを見越していた父が皇室との血族関係を結ぼうと私に宮家の令嬢を娶らせる事にしたのだが、思うていたよりも妻の病状が思わしくなく、祝言は先延ばしとなり、父の思惑通り選挙前の祝言とはならなかった。それでも三人の兄は全員あっさり議席を獲得し、皇族との閨閥結婚の影響力のなんたるや。選挙など必要ないのではないかと思うたものだ。
そして今なおこれだ。これではなんの為に宮内省を選んだのか分からない。
「浮かぬ顔ですね」
酒を注ぎながら那由多はそう声を掛けた。
出世の祝いにとトシとみきが腕によりをかけてご馳走を拵えてくれたが、近衛の箸の進みが悪いし
酒ばかり減る。理由は何となしに分かってはいるのだが。
「...素直に喜べなくてな。干渉されたくなくて宮内省を選んだのに、結局影響力はある。何処へ行こうと雁字搦めだ」
苦笑しながら酒を飲み干す近衛の気持ちが手に取るように分かった。御自分が次官に任命された事が分不相応だと思われているのだろう。
近衛は生真面目で実直。実力でその座を得たのではないと苦悩されているのだろう。
「経緯はどうあれ、もう任命されてしまったのならば御自身のお力を発揮して下さいませ。然すれば誰も何も言えますまい。何より、篤忠様御自身が納得出来る様に」
職場での近衛は知りようがない。なれど近衛という御人を良う知っているから思う。与えられた役を忠実に、そして勤勉に熟していかれる事だろう。
故に私は任命された経緯はどうあれ、次官という役が近衛に分不相応だとは思わないし、近衛ならやり遂げられると信じている。例え近衛家の御子息でなかったとしても、何れかその役には就いたであろうから。
「...そうだな、なってしまったんだ。はは、やるしかないな!」
「そうです、大事ないですよ。この頭は知識の泉ですから。それに、良うは分かりませぬが、国際親善担当という事は、篤忠様が為さりたかった事に近いのでは?」
近衛は真は外交官になりたかったが、目の為に諦めざるを得なかったと先に仰っていた。違いは良う分からぬが、どちらも他国と交流し、見聞を広められるのではなかろうか。
「そうだな。...ふぅ。夢が半分叶えられたと思って奮起するか!」
「ふふ、その意気です。さぁ、そうと決まれば腹拵えを」
そう言うて皿を近くに引き寄せた那由多の手を近衛は握った。この小さな手に何度救われた事か。思い悩む度、然りげ無く差し伸べてくれるこの手を真に好いている。
「ありがとう」
「いいえ、」
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