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✽縦皺と横皺✽ 7
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(...どうしていらっしゃるだろうか、)
那由多は空を見上げて遠い近衛に思いを馳せていた。
近衛が広島に行って二ヶ月が経ち、一度手紙が来たものの、その後どうしているか知るすべはなかった。
先とて二ヶ月に一度しか逢えない日々を過ごしていたのに、ずっと側に居たからだろう。案ずる気持ちばかり膨らみ、離れている事が苦痛で仕方がなかった。
こんな時、佐之助が居てくれたらなと詮無い事まで思う始末。
夕餉は何が良いか聞こうと思うたトシは、物悲しい背中を見て声を掛ける事を躊躇った。
旦那様の事をお考えなのだろう。那由多様はこの所新聞を食い入る様に読み漁り、食も少し細くなられた。私達を案じさせまいと努めていつも通りにして居られるが、お一人の時はああして空ばかり見上げて居られる。
結局トシは声を掛けずにその場を去り、数刻経った後、戻って来ると那由多の目の前にスッと一冊の冊子を差し出した。
「これは?」と那由多はそれを手に取り見てみる。そこには汽車汽船旅行案内と書かれており、何故これを渡されたのかと那由多は分からないでいた。
「そこに時刻表が乗っております。明日、旦那様の所に参りましょう」
トシが渡したのはこの年の10月に発売されたばかりの、国内初の月刊時刻表『汽車汽船旅行案内』だ。
「え!?広島ですよ!?」
「もちろん存じております」と言い切るトシの言葉を聞き、那由多は汽車汽船旅行案内に目をやった。
逢いには行きたい。なれど仕事で行っている近衛に逢いに行っても良いものかどうか。それに汽車の運賃はとても高額だ。そんな勝手が許されるのだろうかと迷えば簡単には頷けない。
「近頃寒くなって参りましたからね、冬衣を届けにきたと理由をつけて少し様子を見て参りましょう。年寄りの旅行に付き合うて下さいまし」
「トシさん......」
私の気を軽くしてくれようとしたのが容易に分かった。何時も何時もこうして手を差し伸べてくれる。胸がジンとし、言葉に詰まった。
「ありがとうございます。...何とお礼を申し上げて良いのやら、」
「礼は結構ですよ。変わりにしっかり夕餉を召し上がって下さいまし!」
「ふふ、はい、そう致します」
トシにそう言われ那由多は居間へ移った。そこには三人分の食事が置かれている。
食が細くなった那由多を案じたトシが共に食べる事を提案してくれ、近頃ではトシとみきと三人で食事をしていた。
「食べたら荷を詰めましょう。長旅ですからね、しっかり食べて下さいまし!」
「ありがとうございます」とよそられた飯を食べだし、東京を出るのは産まれて初めての事だなと少し緊張していた。
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