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✽紅椿と懺悔✽ 2
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日曜日の昼下中、二人は麻布区にある加藤の屋敷に向かった。
人力車が見知った道を通るに連れ、那由多の顔は険しくなる。加藤と毎夜の如くこの道を通った。通る度、心の中が冷々としていったのを良う覚えている。あの頃の自分が嫌いだ。立ち向かう事もせず、仮初に逃げた。心を捨て、色だけを纏い、全ての事から目を背けた。ただ、死ねる日を待ち侘びながら。
口を結び何とも言えぬ面持ちの那由多を見て近衛はそっと手を握った。触れた指先は緊張からなのか冷たく、熱を移す様に握ったまま親指で擦る。
「...無理はしなくて良い。嫌だと思うのなら引き返しても良いのだぞ?」
近衛の言葉に那由多は小さく首を振り「行きます...」とそう答えた。
怖くて仕方がなかった。なれど、どんな結果になろうと、もう私は逃げるべきではない。身を挺して庇うてくれたさゑにきちんと向き合わなくてはと、そんな思いであった。
近くで人力車を降り、屋敷を見つめた。二年余り住んだ屋敷は、一時は確かに安らぎを感じていた。なれどその後は今まで居た何処よりも苦しい場所となった。
さゑはもっとそうであったあろう。彼処で生まれ育ち、加藤と夫婦として生活をしてきた思い出の地に、私が黒き染みを作った。それはじわじわと侵食し、皆を壊していった。私もさゑも加藤もていも、誰一人幸せになれなかった苦い思い出の場所にしてしまった。
「見てくる故ここに居ろ」
「......はい」
余りにか細い声で返事をしてきた那由多を案じるも、近衛は屋敷に向かった。
門を潜ると雑草が生え手入れされていない事が容易に伺えた。庭師を雇う余裕はなかったであろうし、もし離縁していたら一人娘のさゑは女故、爵位は返上するより他無い。よもや人が住んでいるかも怪しいなと思いながら玄関戸を叩いた。
「御免、何方か居られるか」
「御免」と何度も声を掛けるもやはり返事はない。さゑが此処に居ないと知れば那由多は傷付くだろう。そう思うと伝えるのも気が重い。
「......どうやら誰も住んでは居ないようだ」
戻ってきた近衛にそう言われ、那由多は少し目を伏せ着物の前を握った。盲目のさゑが住み慣れたこの屋敷を離れるだろうか。財に困窮していた故、手放すしかなかったのだろうか。そんな事をぐるぐると考えていたが、自分の目で確かめようと思い「...少し、...中を見て来ても宜しいですか?」と近衛に問うた。
「ああ、一緒に行こう」
門前から見えた中が荒れ果てている。石畳を雑草が隠しているのを見て、ていは居ないと確信した。ここに住んで居た頃、ていは盲目のさゑの為に屋敷の中はもちろんの事、外もさゑが足を取られる事の無いよう気を配っていた。
(.......さゑ様、)
加藤がていに暇を出したらさゑは一人ぼっちになってしまう。不安が胸を渦巻き居ても立っても居られなくなった。
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