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✽紅椿と懺悔✽ 4
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「...私は、加藤様の御命令で、ここでは口の利けぬ者という事になって居りました。故に、さゑ様と、言葉を交わした事は、ありませんでした」
そんな事まで命じられて居たのかと近衛の顔が険しくなる。客を取らせ口もきくなとは、加藤の気持ちが少しも分からなかった。
「こうして手の平に文字を書いて、私の言葉をさゑ様にお伝えしていたのです。...初めの頃は、弟が出来たみたいだとおっしゃって下さって。それを嬉しいと思う反面、心苦しさが、募っていきました...」
無理して笑うているさゑを見ていると苦しゅうてならなかった。楼を出られたとて、もうここ以外の何処にも居場所はなく、離れたくなかった近衛と佐之助には二度と会えない。そんな孤独の中、私の浅はかな考えが、この結果を生む第一歩となった。
「さゑ様は...真に加藤様をお慕いしておられて。ころころ表情を変えるさゑ様を見ていると、篤忠様と居た時の自分の様だなと思いました。...なれどさゑ様は、加藤様のお心に、自分ではない誰かが居ると、勘付いて居られて。それでも悲しみを隠して笑うて居られたのです」
『正義様にはね、心に思う方がいるのよ。こんな女と祝言を挙げてくれただけ有り難いと思わなければ、罰が当たるわね』
悲しい笑みだった。自分だけを見てほしいと真は思うておられただろうに。
「そんなさゑ様を見ていて決めたのです。加藤様のお気持ちに添うていこうと。そして、加藤様にお願いしたのです、私が御心に添うていく代わりに、加藤様もさゑ様に優しく接して差し上げて欲しいと。...それから私は、自我を捨て、加藤様の言いなりになりました」
近衛は那由多の話しを聞き目を閉じると拳を握った。
那由多がどんな気持ちでいたか。あの頃の私は那由多が燦然楼にもう居ないとも知らず、身請けする事を夢みて浮かれていた。そんな自分が恥ずかしかった。那由多は人知れず一人闘っていたのに。
「なれど...篤忠様と御約束していたあの満月の日、...っ、...逢いとうてっ、辛うてっ、今日を境に、もう二度と逢える事はないのだろうと思うたら、涙を止める事が出来なくなりましたっ」
ぼろぼろと泣き出した那由多の背を擦り、近衛は顔を歪めた。佐之助から事実を知らされたあの日の言付けを思い出す。預けてくれた心は何時か捨ててくれと言われた。こんな顔を見ればただただ悔いるばかりだ。
那由多は手でぐいっと涙を拭うと、一度大きく息を吐き出しまた話し始めた。
「...仕事から帰られた加藤様が、そんな私を見てお怒りになり、お慕いしていると言えと言われましたが、あの日はとても言えませんでした...。抗い、我を通そうとした私は、明け方まで責め立てられ、そのせいで...翌朝、さゑ様は冷たくされた様で。てい様からそれを聞き、篤忠様の事を諦める時が来たのだなと、そう思いました」
さゑを思う気持ちと私への恋情の間で、那由多は苦しい思いをしていたのだと知った。そして近衛は加藤への憤りを募らせる。私に会わせぬ為に那由多を身請けしたと佐之助から聞いたが、そこまで想うて居たのならば、何故こんなに苦しめたのか。
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