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✽古よりの教え✽ 3
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夕刻、帰ってきた近衛は「はい」と那由多の手に土産を渡した。
「好きだろ」
「はい!ありがとうございます、嬉しいです!」
手の中のびわは那由多の好物だ。故に初夏になると近衛は毎年びわを買うてきてくれる。
今日はやたらと木の実を触る日だなと那由多は笑みを深めた。
夕餉と共に去年の梅酒を飲みながら、那由多は今日の話しを近衛に聞かせていた。
「武雄さんはいっぺんに三つも実をもぐのですよ!私なんて脚立に登っても上の方は届かないし...。うーんと背伸びして獲ったのですよ!」
「ははっ、どんなだったか目に浮かぶ」
「今年はこーんなに沢山穫れて、トシさんが色々作って下さると言うてましたよ。トシさんは物知りで、梅干しを食べると食傷を防げるのだとか」
手振りをつけて説明する那由多を見て笑うていたが、その話しを聞いてああと近衛は納得した。
「コレラや赤痢の予防や治療にも用いられて、効用のあることが証明されたそうだぞ。トシは流石だな」
「そうなのですか!?」
「ああ、倉持が言うてた」
少し風邪っぽい時もトシは薄めた梅酢でうがいをしろと渡してくるが、倉持に聞けば理にかなってると教えてくれた。梅も酢も殺菌作用があると。医者でもないトシがそんな事を知るはずもないし、生活の知恵なのであろう。そうして目に見えぬ所でも工夫を凝らし健康管理をしてくれてる事、真に有り難い。
「トシさんは凄いですねぇ。今年の梅酒は私が作らせて頂いたんですよ。これの様に美味しく出来てくれると良いのですが」
「大事ない、きっと上手くできてるさ。今から飲むのが楽しみだ」
近衛の言葉が嬉しゅうてはにかむと、那由多はグラスの中の梅を摘み一口齧った。一年漬けても旨味を残しており、味もよく薬効もあるなんてやはり梅は凄いなと見つめたら、隣から近衛が「あー、」と口を開けてねだってきた。
御自分のグラスにも入っているのにと可愛らしいその仕草に、くすくす笑うて手の梅を近衛の口に入れる。
「ふふ、食べ残しですが、後に逆鱗に触れませぬか?」
「はははっ、余桃の罪か!韓非子まで読んだのか?」
那由多の言葉に近衛は声を上げて笑う。余桃の罪は、主に寵愛されている時は、食べ残しの桃を君主に献上しても喜ばれるのに、愛を失うとその行為を理由に罪を受けるという、君主の愛憎の変化の甚だしい喩えの四字熟語で、「韓非子」説難篇にみえる故事だ。
良う書物を読んでいるのは知っていたが、まさか思想書である韓非子まで読んでいるとは思わなんだ。
「難しゅうて分からない所が殆どなので、教えて下さいませ」
「分かった。後で寝物語に共に見よう」
「それから、」と近衛は自分のグラスから梅を取ると那由多の口にそれを入れた。
「余桃の罪には一生涯問わない。那由多の罪は、私をこんな気持ちにしたことだ」
言うて近衛は那由多に口付け、口の中の梅を奪って齧るとまた那由多の口に戻した。ほんのり甘酸っぱい味が口の中に広がり、罪な味だと近衛は口付けながら少し笑うた。
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