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大屋君が、学校に来なくなった。
もうこんなの何回目か分からない。
でも今回は、今までよりもずっと長くて、もしかしたらもう二度と学校には来ないんじゃないか、僕は毎日そんな不安に襲われていた。
「いない方が塚ちゃん的には都合いいんじゃないの?」
大屋君の代わりに、ミッチーが僕の口ににぼしを突っ込んでくるようになったのは最近のこと。
今も止めどなくにぼしを口に突っ込まれて、僕のほっぺはパンパンだった。
「んふーほうあんあえおあー」
「塚ちゃん喋れてないよ」
「いっいーおえいあおー!!」
「ごめん何言ってるかわからない」
「おういい」
パンパンにしたほっぺのまま、ミッチーからふいっと顔を背向ける。
そうして教室の戸口に目をやれば、知らない誰かがきょろきょろと視線を配らせているのが見えた。
「あえ、あえああー?」
「…塚ちゃん、飲み込もうか」
ミッチーに視線を戻せば、困ったようにして笑う顔が目に映る。
言われた通り口の中にあったいっぱいのにぼしを喉に追いやれば、クラスメイトの堂本君がミッチーを呼びながら手招きするのが見えた。
「俺?」
「ん、みたいだけど」
再び戸口に目をやれば、さっきの知らない誰かがじっとこっちを見ているのがわかった。
ミッチーの友達だろうか?
にしてはちょっと大屋君タイプ過ぎるというか、ミッチーの友達と呼ぶには違和感があり過ぎる。
ちょっと待っててと立ち上がるミッチーを目で追い、戸口まで歩いて行くその背中を見詰める。
そうしてそのまま、ミッチーは知らない誰かと一緒にどこかへ行ってしまった。
友達なんだろうか。
あんな怖そうな人、ミッチーは平気なんだなー。
ぼっちになって、手持無沙汰になった僕はにぼしをひとつ手に持った。
それを口に放り込もうとした時、堂本君が、今度は僕を呼んで手招きしてきた。
「ん、なに?」
戸口に目をやれば、またも知らない誰かが立っている。
どうみても僕の苦手なタイプの人種で、だけど不思議と恐怖心はなかった。
きっと多分、ずっと大屋君と一緒にいたからだ。
そう思いながら立ち上がると、僕は呼ばれるまま戸口の方へと足を向けた。
「石塚君だよね」
「うん、そうだけど」
「あのさ、ちょっと付き合ってもらっていい?」
「どこ?」
「んー、どこって言うか、ちょっとだけ」
「何で?」
「何でって、あー、ほら、大屋が呼んでるんだ」
大屋、という名前に目がぱっと輝くのが自分でもわかった。
「大屋君?学校来てるんだ?」
「そうそう、で、早退してどっか遊びにいこーってなって、そしたら石塚呼んで来てって頼まれてさ」
「遊びに行くの?どこに?」
そう聞き返せば、今度は相手の目がきらっと光ったように見えた。
「すっげーいいとこ」
ニコニコと笑顔を向けられて、しばらく考え込む。
でも大屋君が呼んでるっていうから、行かないわけにはいかない。
本当はまだちょっと怖かったけど、でも僕はずっと見ていない大屋君に会いたいという気持ちの方が勝ってしまい、そのまま鞄を持って知らない誰かと一緒に教室を出た。
早退なんて、兄ちゃんに知られたら大変だ。
しかも知らない誰かと一緒に遊びに行くとか大問題だ。
だけど、と、僕は相手の後を追いながらきゅっと手を握り締める。
兄ちゃんに怒られてもいいから、大屋君に会いたい。
忘れようと思ってたけど、やっぱり僕は大屋君がいい。
だから今から会えたら、それをちゃんと伝えてみよう。
だって、セックスだけでもいいかな、って、思っちゃったんだ。
僕以外の人とちゅうしても、僕ともちゅうしてくれるならそれでいいかなって。
学校を出て、白いワゴン車に乗るよう促される。
これも知られたら兄ちゃんに怒られそうだ。
知らない人に着いて行っちゃダメ、って、毎日毎日、兄ちゃんは呪文のように僕に繰り返し聞かせていた。
危険な目にあった事はない、とは言えない。
何回かあるけど、でもあの時はもう少し子供だったし、今は僕だって高校生だ、きっと大丈夫。
それに、大屋君が一緒なんだから、何かあっても助けてくれるんじゃないかと、そう思えた。
車に乗り込めば、中には4人程の知らない誰かが先に座っていた。
僕を見るなり皆ニコニコと笑顔になって、それから車は急ぐように学校の前から猛発進された。
5分くらい走った後、車から降ろされて、僕は辺りをキョロキョロ見渡した。
知らない場所。
そう思って、僕は咄嗟に知らない誰かに問いかけた。
「大屋君は?」
不安そうに見上げる僕を見下ろすと、相手はにやりと口元を歪ませた。
「この中で待ってるよ」
「…この中?」
と、今度は目の前にあった建物を見上げる。
何かのお店だろうか。
大きなSという文字が目に映り、ここがどういう店なのか分からなかった僕は首を傾げた。
「取り敢えず入ろうか」
知らない誰かはそう言うと、僕の肩を抱いて歩き出した。
「ほんとに大屋君いるの?」
「いるいる、大丈夫だよ」
皆ニコニコした顔で僕を見ている。
何がそんなに楽しいのか、僕にはよく分からない。
階段を下り、建物の中に入ると、そこはとても広い場所だった。
またきょろきょろと視線を巡らせる。
遊べるようなものは特に見当たらない。
僕達以外そこには誰もいなくて、しんと静まり返るその場所は、なんだか少し寂しい感じがした。
「大屋君は?」
再びそう尋ねても、今度はもう答えて貰えなかった。
強く腕を引っ張られて、奥の方にあった階段へと移動する。
他の人達もずっと黙ってるし、何となく、嫌な感じがした。
「ねー!大屋君は!!」
階段を上りながら、段々不安になってきた僕はつい大きな声を張り上げた。
それでも何も返事はなくて、上り切った先にあるドアを開けると、漸く知らない誰かは僕にちらりと視線を向けた。
「あの部屋の中にいるから」
あの部屋、と、指で指されたその先に目を向ける。
奥の方に、いくつもの番号が書かれた部屋が並んでいるのが見えた。
「どこ?」
「一番特別な部屋、444号室」
「特別って?」
「まあ、来ればわかる」
また、腕を引っ張られる。
その時僕は初めて力を入れて、抵抗する素振りを見せた。
途端に、僕の腕を握っていたその手に物凄い強さで力が込められる。
「…なに?」
痛い、と思ってしまえば、そこからはもう早かった。
こういう事は何回か経験がある。
こうして腕を掴まれて、ぐいぐい引っ張られた記憶がいくつかあった。
それは小学生の頃から始まって、最後はいつだったかな。
多分、中学3年生まで。
何も知らなかった僕は、特に怪しむ訳でもなく、優しい表情を浮かべた相手にいつも躊躇なく着いて行った。
美味しいモノあげるから、とか、新しいゲーム買ったから一緒に遊ぼうとか、とっても楽しい事して遊ぼうとか、その人達の誘い文句は無知だった僕を大抵魅了した。
その後の事は、あまりよく覚えていない。
いつも、何してるんですか、って、違う知らない人が声をかけてきて、そしたら僕を誘った人は逃げるように走り去っていって。
ただ遊ぼうとしていただけなのに、どうして逃げちゃうんだろうって、その時の僕はいつもいつも不思議でたまらなかった。
その後兄ちゃんにこっぴどく叱られても、こうだから危ないんだよ、って何度も言われても、僕は何が危ないのかよく分からなかった。
だから、今だって正直よくわかっていない。
自分がどういう状況に置かれているのか、わからない。
ううん、わからなかった。
わからなかったけど、わかってしまった。
美味しいモノあげるよ。
新しいゲームがあるよ。
とっても楽しい事して遊ぼうよ。
きっと多分、その誘い文句と同じだったんだって。
大屋が呼んでる。
それは、今までのどんな甘い誘い文句よりも、僕を魅了してやまなかった。
だから僕は今、ここにいる。
きっと大屋君はどこにもいない。
僕を誘い出す為の、ただの餌だから。
口をきゅっと引き結ぶ。
今から自分がどうされてしまうのか、僕には全く分からない。
今まで未遂で来てたから、怖い目にあった事は一度もないから、だから想像もつかない。
でも、今から自分がされるかも知れない怖い事を考えるよりも、ここに大屋君がいないという事実の方が、僕はとても辛いと感じた。
会えると思ってたから。
会いたかったから。
やっぱり一緒に居たいって、言えると思ってたから。
また、ぎゅうってして貰えるかなって、思ったから。
「…大屋君に、会いたい」
ふと口から漏れ出た想い。
もう誰も何も、言ってくれなかった。
444号室と書かれた部屋の前で足を止めると、数人の知らない誰かに囲まれながら、僕はその部屋の中へと足を踏み入れた。
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