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星は夜に抱かれ光り輝く〜人の顔がお金に見えちゃう貧乏貴族オメガは玉の輿にのりたい!のに苦学生アルファに恋する?〜
5話
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セルジュの啜り泣く声と、カルロスが静かに相槌を打つ声が部屋に落ちる。
カルロスの温かい腕の中で自分の状況を説明し始めてしまったセルジュは、まだ新しい服を着れないでいた。
カルロスはセルジュの支離滅裂な話を紐解きながら細い体を抱き起こす。そして横向きにして膝に乗せ、自分の上着を肩に掛けてくれた。
「ごめんなさい。ほ、他に、オメガの俺が役に立てる方法が思いつかなくて……! お願い、誰にも、言わないで」
しゃくり上げて必死に手で涙を拭う。
とにかく惨めで仕方がなかった。
お金がなくてもカルロスのように努力と才能で最高の学校に行ける人もいるというのに、セルジュが思いついたのは騙し討ちのような方法だけだ。
そんなセルジュの話を、元の優しい雰囲気に戻ったカルロスは嗤うことも怒ることもなく聞いてくれる。
「事情も知らず、酷いことをしてしまった」
全て話し終えると、重々しい声で謝罪された。肩に額を擦り寄せると、ずっとあやすように撫でてくれていたカルロスの腕に力が籠る。
包んでくれる体温と香りに安心し、力で押さえさつけられたことなど忘れて無防備に体を預けてしまう。
「カッとなってしまって」
「俺が悪いんだ。友だちがこんなオメガに引っ掛かったら嫌だよな」
「違います。貴方が他の男と……と、思ったら」
改めて謝ろうとセルジュが顔を上げると、まるで嫉妬でもしたかのようにカルロスは言う。
(初対面でそれはないか)
自身の中にすでに芽生えてしまった恋心は棚に上げて、セルジュはじっと紫色を見つめた。
しかしどんなに見つめてもカルロスの心が読めるわけではない。セルジュは居た堪れなくなって、せっかく合わせた視線を逸らした。
それを不安に駆られていると受け取ったのだろう。
カルロスは遠慮がちに頬に触れてきた。
「大丈夫です。誰にも言いませんし、俺が貴方のお力になりますから」
真摯で力強い言葉に、自然と口元が綻ぶ。
この人ならば、重荷を全部持っていってくれる。そんな幸せな錯覚に陥る。
(前にも誰かが、言ってくれたような……)
朧げな記憶が、あぶくの様に浮かんで一瞬で消えた。
一介の学生、しかも平民に男爵家の財政をなんとかできるわけがない。
時間があれば、カルロスを婿に迎えて一緒に手を取り合えたかもしれないが。
もうセルジュの家はギリギリだ。
でも、自分の生活も大変なのに気持ちを掛けてくれることが嬉しかった。
そんな思いが伝わったらしい。
カルロスは不服そうに形の良い眉を寄せた。
「信じてませんね?」
「そんなこと」
「貴方が好きなんです。力になりたい」
セルジュの呼吸が止まる。
何を言われたのか理解した瞬間に、頭も思考を止めてしまった。
胸が脈打ち体中の血液が倍速で回っていく。
それでも酸素が足りない。
嬉しいと全身が叫ぶ。
茹だった頭で、何か言わなければと懸命に口を動かす。
「あ、会ったばかりだよ」
理性を総動員して紡ぎ出した言葉は、カルロスの気持ちを受け入れることも拒むことも出来ていない曖昧なものだった。
カルロスは意地悪げに唇に弧を描く。
「初対面で番になれる相手を探している貴方よりましでしょう」
それを言われてしまうと、何も言えない。
あまりにも的を得た反論だ。
モゴモゴと気まずげに言い淀むセルジュの額に、カルロスは口付けた。
「それに、初めてじゃない」
「え?」
「忘れているかもしれませんが、子供の頃に一度だけ会ったことがあるんです」
セルジュは思いがけない言葉に目を見開く。
カルロスは、
「10年も前のことですが」
と前置きして、その時のことを話し始めた。
当時のカルロスは、大人たちに連れられて森に遊びに来ていた。
だが好奇心旺盛な少年は、大人たちの隙をついて一人で奥まで進んでしまったのだという。
森の木に印をつけながら動植物たちを観察していたはずが、迷子になってしまった。
カルロスは木々が太陽光を遮断して薄暗い森の中で心細くなり、途方に暮れて座り込んだ。
そんな時に声を掛けてくれた、妖精のように美しい少年がいた。
ここは自分の庭のような森なのだと笑ったその子が、セルジュだったらしい。
「どうしてその子が俺だと?」
「エトワール男爵家のセルジュだって名乗ってくれましたから。一生忘れない名前です」
セルジュはカルロスの手を引いて一緒に親を探した。
その途中で、巣から落ちた小鳥を戻したり、群れから逸れた子鹿を誘導したりと、セルジュはあれこれ世話を焼いていた。
カルロスは、
「動物は助けても、君に何かあった時に何もしてくれないよ」
と思わず言ってしまったという。
「貴方は綺麗な瞳が落ちそうなほど目を開いて『それって困ってるのを助けることに関係ある?』って」
「ただただ、何も考えてなかったんだよ」
セルジュは苦笑した。
子どものころは他にすることがなく、とにかく森の中を走り回って遊んでいて、今では考えられないほど真っ黒になっていたことを思い出す。
ほとんど忘れていたが、話を聞いていると記憶の扉が叩かれた。
『君は心が綺麗だから、もし困ったことがあっても大丈夫だよ。その時は私が力になるから』
久しぶりに話した同い年くらいの男の子が、そう言って笑ってくれたのだ。
握手した時の温かくて柔らかい手。
愛らしくて高い声。
透き通るような紫の瞳。
そして、みずみずしい果物に似た爽やかな香り。
「あの、時の……」
「覚えてるのか」
朧げな夢が輪郭を持っていく。
たまに見るあの夢は、ただの夢ではなかった。
嬉しそうに微笑むカルロスに、セルジュは頷いた。
夢で元気をもらっていたなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えなかったが。
カルロスは目を細めて、セルジュの金色の髪を長い指で梳く。
「損得を考えずに行動する人、俺はそれまでに会ったことがなくて。こんなに心の綺麗な人がこの世にいるのかって本気で驚いたんです」
愛おしげに言われて、セルジュは胸が締め付けられた。
「ずっと貴方を探してた」
耳元で囁く深い音色に胸がときめくのを感じながらも、泣き出しそうな心地になる。
「再会してがっかりしただろう? 綺麗な心なんて、カケラも残ってなくて」
今の自分は、家の財政を立て直すことばっかりで人の気持ちを考える余裕もない。
人道に反すると分かりながらも、薬を使って金持ちの令息と番になろうと企むほどなのだから。
森の動物たちなんて、最後に様子を見にいったのはいつだったかも思い出せなかった。
しかし、カルロスははっきりと首を振る。
「それは、貴方が家族のために考えた結果だ」
カルロスは本当は、伯爵令嬢に頼んでパーティに参加した。セルジュと親しいことを知っていて、必ず呼んでくれと頼みこんだのだと。
いつも学校で伯爵令嬢にセルジュのことを聞いて、思いを募らせていたのだと話す。
それを聞いて嬉しくないはずもないが、セルジュは心のままにそう伝えることが出来ずに俯いた。
長い指がセルジュの顎にかかり、カルロスの方へ向かされる。
「俺のこと、嫌い?」
セルジュは力なく首を左右に振る。
家のことを考えると、カルロスと番になるわけにはいかない。
けれども、紫の瞳を見てしまうと嘘はつけなかった。
「君みたいな人と恋をしてみたかった。番だって、本当は……っでも」
「充分だ」
熱い息と共に唇が重なる。
セルジュの泣きそうな吐息ごと吸い込まれた。
「好きだ」
息継ぎのたびにそう告げられる。
啄むように穏やかに、唇を喰まれた。
「俺も、好き」
ついに言葉にしてしまうと、もう止まらなかった。
カルロスの服にしがみついて、何度も何度も口付ける。
唇の間から舌を絡ませ、唾液を混ぜ合い。
口内の温度を交換するように、部屋に水音だけを響かせて夢中になった。
頭がふわふわと熱ってきたころ、ようやく唇が離れる。
蕩けた表情で濡れた唇に指を添えたセルジュは、もう後戻りは出来ないと分かりながらもカルロスの胸を押して体を離そうとする。
「あの、でも俺は、人の顔がお金にしか見えてないような人間で」
「ふ……!」
「わ、笑わないでくれ! 仕方ないだろ!?」
不意打ちを喰らったように吹き出したカルロスは、セルジュの言葉に謝りながらも肩を震わせていた。
可笑しくて仕方がないというように笑う顔は、今までの落ち着いた雰囲気と違って年相応で。
少しかわいいと感じる自分に、セルジュは気がつく。
「大丈夫、君の家のことはなんとかする。力になるって言っただろう?」
「なんとかするって、一体どうやって?」
「近い内に分かるさ」
怪訝な顔をするセルジュにその理由も話さずに、カルロスは再び甘い口付けを落としてくる。
その口付けは先程よりも深く、セルジュは何も考えられなくなっていった。
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