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プロローグ
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昔、神様がまだ人々に祝福をお与えになっていた時。御使いとして様々な加護をもたらした人外がいた。
北で飢饉に苦しむ土地があれば、土壌を肥やし、そしてその土地が飢えることの無いように水路を引き、緑を増やしては実りある豊かな土地へと導いた。
西に疫病が流行れば、その原因を改めに土地へ赴き、傷病で苦しむ人々をその穢れから解放し、東と南が戦を始めると聞きつければ、民の望まぬ戦は災いの元と未来を見通すその瞳で起こりうる現実を示し和平へと事を運んだ。
人外は、神によって造られた人々を災禍から守るべくして生まれた龍だった。
未来を見通す金眼を讃え、額からは二本の木の枝のような角を生やし持つ。
本性は狼に近い四足の獣だ。口から吐かれる青色の炎は浄化を約束し、その足で降り立つ土地は草木が芽吹く。
銀色の美しい毛並と、龍とわかる鱗でその身を鎧のように覆い、疾風の速さを持って国をまたぐその獣の神々しさは、まさしく御使いそのものだった。
やがて人々と関わる様になれば、人間の真似をしてその形態を二足歩行へと転化させた。その姿は怜悧な美しさを持つ傾国の美男だったという。
まだ慣れていない転化は、その身に獣の要素を残し、角や手足の鱗、長くたなびく尾などは残ってはいたが、その歪な美しさが、御使いとしての存在を受け入れるきっかけとなった。
名を持たぬ人外の龍は、人々と関わりを持っていくうちに少しずつ感情を覚えていく。
幼子のような無垢な感情をその身に宿した人外は、軈て人々との関わり合いを持つようになり、争うことの無い世界を作ることが己の役目と認識した。
そして、東西南北のその土地の代表者を呼び寄せて、人外は言ったのだ。
ーこの身が滅ぶとき、私の亡骸を四つに分けて各地へ祀りなさい。そうすればこの地は死してなお祝福された土地として、苦しみの無い平和な国となるでしょう。
そしてその告示から数年後。役目を終えた人外は、国の中心部に広がる深い森の中で眠るように息を引き取った。
人外が亡骸となった日、国のあちこちで季節外れの白銀の雪が降った。まるで魂がほろほろと溶けていくような、そんな美しい光景は今も語り継がれている。
人外が祝福した土地の4人の代表者は、残された言葉通り、忠実にその亡骸を四つに分けた。
東の国は先を見通すことの出来る金眼と龍玉を。
西の国は角と繋がった頭蓋と浄化の牙を。
北の国はその美しい毛皮と遺骨を。
南の国はその身を飾る鱗と爪を。
そして残された肉塊は、そのまま森に放置された。
人間の価値観では、血肉は忌諱されるものだからだ。
四人それぞれが、綺麗な所だけを分けて持って行った。
中身は降り積もる雪に優しく覆われて、やがて土に帰り養分となるだろう、そう言い訳のように理由をつけて。
月日が経ち、血肉の染み込んだその土壌から雪のように白い花が咲いては、季節が巡るごとに少しずつ散って行った。その儚い美しさは、誰にも知られることの無いまま。
遺骸を分けた代表者は、やがて人間らしく行動を始めた。
他人の持つ宝が欲しい、その全てを手に入れたいと望んだために、己の欲望を優先して争いを始めたのだ。
民の望まぬ争いだ。やがて戦火は広がって、人外の遺骸を祀る教会は侵されて血で血を洗う不毛な争いへと移り変わった。
人外によって疫病から救われた民の一人は言った。その男は南の国の司祭だった。
貴方は、何故その身を分けろと言ったのか。
平等を解いた貴方自身が火種となった。
何が御使いだ。その手で救った国々が、ぶつかり合い、奪い合い、貴方の一部を求めて罪なき者を犠牲にしていく。
こんなものがなければ、私たちは幸せだったのに。
司祭は、鱗と爪を祭る教会の祭壇で、男が愛した伴侶の遺体を抱きしめて叫んだ。
こんなことになるなら、貴方なんて必要なかった。
無責任な人外を酷く呪って、炎に飲まれて死んだ家族を返せと嘆く。
打ちひしがれた司祭はやがて、伴侶の亡骸を、身内を等しく焼いた炎から守る様に抱きしめて死んだ。
神の御使い、愛された龍はもういなかった。
たった四人の人間によって齎された災いは、人外が告げた未来とはかけ離れた結果となった。
無垢な人外は、人間という生き物の美しい部分しか知らなかっただけなのだ。
人間の欲の部分は、先を見通す金眼には映ることはなく、映ったのは有り得た一つの世界だった。
人外が、その優しい心根で施した全ては、人間によって塗り替えられてしまったのだ。
神の真似事をした、卑しい龍。
その言葉が独り歩きして、やがてそれが真実になった。
この話に、めでたしめでたしはない。だって、無知は罪なのだから。
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