アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
三限〈理科〉
-
「はぁ……」
(疲れた……)
トイレの鏡に映るのは情けない自分の顔。
音楽が終わって心ばかりの休息時間。今はその十分間がどの時間より貴重だと実感する。
マジで散々だったもんな……。
先生に言われて、一番手でみんなの前で発表するはめになり(一回も練習無しで)、案の定音はかすれるしリコーダーの穴は塞ぎ間違えるし高い音ピーピー出るしでもはや不快な音のオンパレード。
途中で先生の溜め息を吐く姿が目に入って、尚更空回りする上に背後からはクラスメイトのクスクスと笑う声。
ただの発表ですら緊張するのにそんな状況下……しかも、隣には佐久間蓮がいて。
もう消えたかった。それだけ!
なのに、俺と一緒で練習してないはずの佐久間蓮は一音も間違えることなく完璧に吹いていたらしい。発表の後、先生がベタ褒めしていた。吹くのに必死で俺は聞いてる余裕なんてなかったけど。
(月波くんの音によく引っ張られませんでしたねって、余計なことまで言ってたっけ……)
クラスのみんなも、さすが! とかすげーとか佐久間蓮のことばっか。
(確かに、練習しないでしかも音楽の授業初めてで間違えないのはすごいけどさ……)
「……俺だってアイツがいなきゃ、」
「アイツって誰?」
「っ、うわぁ!!」
いきなり開いたトイレの個室。
誰もいないと思ってた分、心臓が口から出そうなほどビビってしまって思いっきり変な声が出てしまった。
あまり、と言うか全く人の来ない廊下の奥にあるトイレ。電気も切れかかっていてチカチカと点滅している。蛍光灯には蜘蛛の巣が張ってる上に床のタイルも所々剥がれてるし、雰囲気も薄暗い。
他のトイレは綺麗で明るいのにここだけなぜか造りが古いまま。明らかなんか出そうな感じ……。
でも、俺的には誰も来ないからゆっくり休める。だからぼっちには持ってこいの場所だったんだけど──、
開いた個室のトイレから出てきたのはこの学校で、否、地球上で一番この場所に相応しくない奴だった。
「な、なんで……」
「トイレに理由いんの?」
うぐっ。
ふっと笑われて聞かれた後、ごもっともな質問に何も言い返せなくなる。
俺の隣の手洗い場で手を洗う佐久間蓮からはトイレの芳香剤とは遥かに違う、いい香りがした。
(こんなとこでも存在感が強い……)
「……………………………………」
(……和式)
チラリと佐久間蓮が出てきたトイレを見てしまう。
そもそもここだけ和式しかない。洋式が主流の中、残ってるのが珍しいくらい。それよりも、佐久間蓮が和式でしてることの方が……、
「──俺、うんちって和式じゃないとできないんだよね」
「う、え!?」
まさかのとんでも発言に言葉を失って。出てきた時より驚いてしまう。
いや、だって今なんて!?
顔を見上げるとやっぱり顔面偏差値の高い絵面に空耳が聞こえたのかと疑問になってしまう。
「何? 生きてんだからすんだろ。うんちくらい」
「……う、うん」
まぁ、そうなんだけどさ……! その顔で真顔で言われると、なんかこう返しに困るというかっ。
他にも色々ツッコみたいとこがあったけど、会話を長引かせるのも禁物だと思って佐久間蓮の横を通り過ぎようとした。
が。
「っ!」
思いっきり腕を掴まれてしまった。
(び、びっくりしたっ)
腕を掴まれたまま恐る恐る振り返ると、銀色の目と視線が合う。
吸い込まれそうなほどキレイで、ここがトイレと言うのを忘れそうになる。
「月波クン、分かりやす。意外って顔に書いてあるぜ。……ほら、」
「へ!?」
パシャっ。
ほんの一瞬。
ブレザーのポッケから携帯を取り出した佐久間蓮にカメラを向けられて。つい見てしまった時、カメラ音が聞こえてきた。
「ふ、間抜け面」
なっ!
「け、」
して! と言おうとしたら、唇に何か柔らかいものが当たった。
直ぐに離れたそれに理解が追いつかない。
(え、え……!?)
一瞬で消えた感触(余韻は残ってるけど)は昨日と同じ。
「イメージなんて、妄想でしかねぇの」
「佐久間く、」
「月波クンはまんまだけどね」
にっこりと笑ったその表情のあと、盛大に休憩時間を終えるチャイムが鳴り響く。
しまった! 次、また移動教室じゃん!!
「とりあえず理科室っ……」
「……めんど」
今度は俺が佐久間蓮の腕を引く。
けど、本人は慌てる様子もない上に走ることもなく。
結果、今日二度目の遅刻……。
しかも唇には柔らかい感触が残ったまま。
──ボン!
「!? 何の音……って、月波か」
「す、すいません……」
「水素に火つけたらダメだぞ。ちゃんと話聞いてたのか?」
「すいません……」
「(ニコニコ)¨̮⃝」
(〜〜っ、誰のせいだと思って!)
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
10 / 25