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サーシェの願い事
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蛇のような縦長の瞳孔からは、何を考えているのか読み取れない。
「ラズ、願い事を伝えていいですか」
「俺はまだ満足していない」
「……っ、もう、時間がないのに……!」
いけない、取り乱すなんて。とっさに口を押さえたサーシェを眺め、ラズは首を傾げた。
「どういうことだ」
意外にも聞いてくれるつもりらしい。気が変わらないうちに急いで話した。
「僕の師匠は、眠り病にかかっています。だんだんと眠る時間が長くなり、そのまま眠ったように死んでしまう病気です。医者にみせても、どうにもなりませんでした」
「つまり、師匠の病気を治してほしいってのがお前の願いなのか」
こくりと頷くと、ラズは顎をさすって考え事をしはじめた。
「不治の病を治すってんなら、それ相応の代償が必要だぞ。サーシェの魔力を捧げるだけじゃ無理だ」
「わかっています。なんだって差し上げます。髪でも、血でも、魂でも……僕の命だって、捧げます」
ラズはサーシェの覚悟に目を見張った。しっかりと見つめ返す。
(僕はどうなってもいいから、師匠だけは助けたい)
何度か瞬きをしたラズは、サーシェの蜂蜜色の目をまじまじとのぞきこむ。目を逸らさずに耐えていると、ラズは不意に柔らかく笑った。春の木漏れ日のような笑顔に息を呑む。
「お前、馬鹿だなあ」
フードの下に手を差し込まれ、くしゃりと頭を撫でられた。いきなりなにをすると抗議したいのに、手つきがあまりにも優しくて言い返せない。
あらわになった新緑色の髪を、春風が揺らしていく。張り詰めた糸が千切れてしまいそうだ。
「馬鹿で、かわいい」
とろけるような笑みを向けられて、不覚にも頬に熱が昇ってしまう。そんな場合じゃないのに。真面目な話をしているにもかかわらず、頭を撫でる手を止めないでほしいと願う自分に戸惑った。
「……っ、そんなに、バカバカ言わないでくださいよ」
「褒めてるんだ」
「どこがですか」
「意地になるところもいいなあ」
ぐしゃぐしゃになるまで髪をかき混ぜたラズは、サーシェの肩を抱いた。迫力のある美貌が視界の横に迫ってきて、ピンと背筋が伸びる。
「俺の願いを変更していいか? しばらく家に住まわせろよ」
「えっ? それは……」
ラズの全身からは、震えがくるほど大量の魔力がほとばしっている。いくら衰えたとはいえ、師匠は二級魔法使いだ。悪魔が人に擬態していると、一目で見破られてしまうだろう。
「ああ、魔力が気になるのか? こうすればいい」
一瞬で威圧感が軽くなった。わずかに残る魔力は、一般人でも持ちえる程度の量に見える。
「すごい魔力制御だ……」
「俺にやってやれないことはない。いや、まだ多いか?」
サーシェには完璧に見えるが、ラズは不満らしい。外に見せる魔力を微調整していたが、まどろっこしくなったのか頭を掻いた。
「ああもう、めんどくせえ。余った分はお前にやるよ」
「え? んん!?」
グッと首を腕に引き寄せられて、口付けられる。またしても防ぐ暇がなかった、一拍遅れて胸筋を叩いて抗議するが、ますます深く唇をあわせられる。魔力が注がれ、瞳の奥がチカチカと瞬く。
「んー!」
「このくらいでいいか?」
はあはあと息を荒げながら、赤い瞳を睨みつけた。
「なにするんですか!」
「怒るなって。悪魔から魔力を注がれると、魔力量が増えるぞ」
「ええっ、本当ですか?」
「ああ。何度か試せばわかると思うが」
「い、いえ……今はいいです」
願ってもないことだが、ここは屋外だ。誰にも見られていないことを確認して、ホッと胸を撫で下ろした。
(あれ……なんでこんなに、胸がドキドキするんだろう)
さっき坂道で唇を奪われた時は、すごく嫌だったのに。魔力量が増えると聞いたせいだろうか。
「さあ、家に帰ろうぜ」
つられて動かそうとした足が止まる。本当にこのまま帰って大丈夫だろうか。ラズが悪魔だと隠せたとしても、突拍子もないことをしないか不安だ。
「……その願いじゃないとダメですか?」
しばらく住みたいとはいつまでだろうか。早く願いを叶えてもらわないと、師匠がどんどん弱ってしまう。
「叶えてくれないのか? 俺の願いを叶えてくれるなら、お前の願い事も聞いてやるかもしれないのになあ」
「わかりました、帰りましょう」
サーシェには悪魔の気まぐれにつきあうことしかできない。肩組みから解放され、代わりに手を差し出された。顔を見上げると、ずいっと手を前に出される。仕方なく手を繋ぐと、ラズは満足そうに口の端をつり上げた。
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