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アネモネの町
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なにも言えないサーシェの前で、ラズは黒髪に指を入れてガシガシと掻く。
「その、俺は元々人間観察が好きなんだ。だから時々人の願いを叶えるって名目でこの世界にやってくる。けど、サーシェはその中でも特別で。なんていうか……」
一人で言い訳をはじめるラズを、目を見開いたまま凝視する。
「わざわざローリエに頼まれなくたって、側にいて守ってやりたいって思ったんだよ」
「……っ」
どうしよう、指先がラズに負けず劣らず熱を帯び、今にも火がついてしまいそうに熱く感じる。
混乱して手を振り払うと、ラズは切なげに眉根を寄せた。
(ああ違う、そんな顔をさせたい訳じゃなくて)
好きになってはいけない人だと思っていた。恋なんてしている場合じゃない、だってサーシェは魔法使いとして未熟で、師匠だって大変だったし。
けれど全てのしがらみを取り去ってみれば、そこに残ったのは温かい気持ちだけだった。衝動のまま抱きつく。
「っ、サーシェ?」
「……許しません」
「え?」
「僕のファーストキスを道端で適当に奪ったこと、まだ許してませんから!」
とっさに出た言葉は恨み節で、ああどうして自分はこうなんだろうと頭を抱えたくなった。さぞ呆れているだろうと思ったけれど、ラズから返ってきたのは爆笑だった。
「ふ……っ、ははははっ!」
「ラズ?」
「そうか、そんなに怒っていたとはなあ。どうすれば許してくれる?」
「へ? ええっと……」
サーシェはしどろもどろになりながら辺りを見回した。強い風が吹く丘の上には、二人の他に誰もいない。
頬を染めながら、小声で訴えた。
「やり直してください、今。もっとロマンチックに」
「ロマンチックねえ……」
顎をさすりながら考えていたラズは、いきなりサーシェの体を横抱きにした。
「ひゃあ!?」
「まずは、ローリエから見えないところに行くか」
そう言われてはじめて、師匠の墓の前で告白されてしまった、あまつさえいちゃついてしまったと思い至り、サーシェは両手で顔を覆った。
思い出の中の師匠はサーシェに優しく微笑みかけ、ラズには「なっとらんのう」と呆れている。もう二度と会えないけれど、サーシェの心の中では鮮やかに思い描けた。
(きっと、これでよかったんだ)
墓が見えなくなるほど離れた場所にベンチがあった。ラズはサーシェを膝の上に抱えたままベンチに腰掛ける。側の花壇へと手を伸ばしたラズは、アネモネの茎に手をかけたままピタリと止まった。
「これって、採ったらダメなやつか?」
「ダメだよ、誰かが育ててるんだから」
「そうだよな、人間はそういう細かいことを気にする生き物だった」
ラズは指先に魔力を集めると、アネモネを模した花冠を出現させた。透き通って乳白色に輝くそれは、本物の花冠よりも幻想的でずっと綺麗だ。
「わあ……」
「この花、好きだよな?」
「うん」
母が好きだった花、師匠が大切に育てていた花。いつしかサーシェも毎年見るのを楽しみにしていた。サーシェだけじゃない、この町の人はみんな大好きな花だろう。
フッと笑顔を見せたラズは、サーシェの頭に花冠を被せた。大量の魔力の塊が頭上に乗っていて、肩を竦めたくなる。けれど守られているようで、嫌ではなかった。
「サーシェの一生を見守りたい。死してなお、その魂を大切に愛でてやりたい」
「ラズ……」
「いいか?」
むしろ自分などが、彼をひとりじめしてよいのだろうかと思う。
(だけど、ラズが僕でいいって言ってくれるなら)
人ならざる赤の瞳を見つめながら、しっかりと頷く。口元がゆっくりと弧を描き、近づいてきた。
(あ……)
柔らかな感触が唇を覆う。魔力を流し込まれる時の、強制的に体を熱くさせる感覚とは違い、ただただ甘くて切ないキスだった。
「ん……」
何度か唇をあわせ、その度に頬に熱が昇っていく。茹で蛸のように真っ赤になる頃に、やっと開放してくれた。やたらと真剣な目をしたラズが呟く。
「……どうだ? ロマンチックだったか?」
「今の一言がなければね」
「厳しいなあ。もっと人間について研究しなくちゃな」
思わず声を上げて笑うのと同時に、突風が丘を撫でていく。アネモネの花弁が空へと舞い上がり、まるでサーシェとラズを祝福するかのようにひらひらと舞いながら、町中へと散っていった。
「……帰ろうか、僕らの家に」
「! ああ」
ラズはパッと笑顔を見せると、立ち上がってサーシェに手を差し出した。迷わずに手をとって、丘を下りはじめる。
「ふふ、綺麗だね」
町中に溢れるように咲くアネモネの花壇の一角を、ジョウロを持った女性が手入れをしている。空中を彩る花弁を、子どもたちが我先にと追いかけて遊んでいる。
家に帰ったら、師匠が大切にしていた花壇に水をあげよう。白く染め上げられた町は、希望の色に満ちていた。
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