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目が覚めると、窓の外の提灯が赤く灯っていた。この世界へきてからは、山の一軒家に一人暮らしだったので、那津は、こんなにも明るく賑やかな夜は初めてだった。
ただ、それと対比するように部屋の中は、静かさが際立っている。
外にいるのは、亡者ばかりだ。
地獄の裁判を受けるまでの、ほんの束の間の幸せな時間を過ごしている。
(……私も、死者の国へ来た日、ここにいたはずなんだよね)
きっと、今が那津にとっての幸せな時間だと思った。考えてみれば、他の亡者よりも、長くその幸せな時間をもらっている。
死者の国で一番にミツキに会えた。現世ではできなかった仕事が出来た。
それらは、那津にとって意味のある時間だったと今でも思っている。後悔もない。
――神様がくれた贈り物だ。
自分は、もう十分すぎるものを、この世界から受け取っていると思った。これ以上望めば、きっと罰が当たるだろう。
「目、覚めたのか」
那津が布団から体を起こすと、ミツキは、自分と同じように窓の外をみていた。
「うん。ミツキ……帰らなくていいの?」
「お前を、置いて帰るわけにはいかない」
多分ここは、鹿島がいうところの綺麗なお姉さんがいるお店の部屋なのだろう。ミツキが店主に何を言って部屋を使わせてもらったのか分からないし、確かに一人置いていかれると困る。
「そっか、ありがとう」
けれど那津は、なかなか次の言葉をいうことができない。
喉元まで上がってきている別れの言葉が、どうしても、まだ口に出せなかった。先に話を切り出したのは、ミツキだった。
「……酷いことして悪かった。体、つらくないか?」
「ううん。大丈夫」
それなら、良かったと、ミツキは小さく息を吐いた。その様子から自分が目を覚ますまで、ずっと心配してくれていたのだと分かった。
「本当は、那津に謝りたくて、三途の川に行ったんだ」
「謝る? 何を」
「昼間、お前に酷いこと言っただろう。仕事の邪魔だって。俺の仕事とお前がここにいることはなんの関係もないのに、頭に血が上ってて、本当に悪かったと思ってる」
「……ミツキ」
那津は、そっとミツキの手に自分の手を重ねた。
「あのね、謝らなきゃいけないのは、私だから」
那津は決心をした。もう迷いはなかった。それでも、ミツキの顔を見たら、その決心が鈍る気がして下を向いたままだった。
「なんで那津が謝る?」
静かな声でミツキはそう返す。そして、下を向いたままの那津の頭に手を置いた。
「あのね、ごめん、ミツキ怒ると思うけど、泰広王に……昔のこと聞いて」
「ッ……」
ミツキは、言葉を詰まらせた。
「本当にごめん、ミツキは、私に秘密にしてたのに」
那津は謝罪を繰り返した。謝っても、もう知ってしまったので記憶は消えないし、自分にはどうすることも出来ない。
「那津、いいんだ。遅かれ早かれ、どこかで耳に入る話だ」
「本当に……ごめんなさい」
ここへきて再び会えたとき、ミツキは那津の姿を見て「どうして」と涙を流していた。そのときは、泣き上戸で、ただ酒に酔っているのだと思っていた。
けれど、ミツキは、ずっと。那津が、寿命で死ぬまでずっと、見守ってくれていた。幸せであるようにと。
「……別に怒ってない。全部、俺が勝手に、やったことだ」
「本当はね、さっきまで、なんでとか、どうしてとか、私のためにそこまでする必要がないとか、私のせいでミツキの修行の邪魔をしてしまったとか思ってた」
どうすれば、ミツキに償えるのか、そればかり考えていた。
けれど、自分の命にミツキが願うほどの価値がないと考えることは、ミツキの行いを軽んじるのと同じだと分かった。
那津は、ミツキの願いが無駄だったなんて少しも思わない。
那津はミツキと出会って幸せだったから。
「那津、お前は何も悪くないよ」
ミツキは那津を抱きしめた。
「ミツキ、さっき泰広王にね、神として道を外れたミツキのこと、卑怯なことをした悪い神様だって思うかって聞かれて、私はね、思えなかった。もちろん、ミツキがしようとしたことに関して、ありがとうなんて言いたくないよ。でも、悪いことをしたのはミツキが十分分かってる、だから」
那津は、ミツキの肩に手を置くと、そっと体をはなしてミツキと視線を交わす。ミツキの瞳は戸惑いと不安に揺れていた。
「ミツキ、私はね。幸せだよ」
「那津、俺は何も、出来なかったんだ」
那津は首を横に振った。那津の幸せを誰よりも願い続けたミツキの思いが届かないはずがない。
それを証明できるのは自分だけだと那津は思った。
自分がどれほど、ミツキに幸せをもらったのか、自分が一番知っている。
「ミツキと出会わなければ、きっと、こんな気持ちになれなかった」
「……那津」
「それでね……だから、今度は、私がミツキの幸せを叶えたいと思った」
那津は、そう言って笑った。ミツキが自分に幸せを願ってくれた。
那津が次の命を紡ぐことが、ミツキの考える幸せなのだとしたら、それを叶えることができるのは……自分だけだと思った。
寂しくて、苦しくて、胸は痛むけれど、それが那津の出した答えだった。
「明日、続きの裁判を受けます」
「……そうか」
「次は、私、今よりもっと、幸せになれるよね、ミツキ」
「そんなの、当たり前、だろ」
「……そっか、ミツキが言うんだから、絶対だ」
自分でも上手に笑えているか分からない。けれど、これが今の自分にできる精一杯のミツキにできる恩返しだと思った。
「それでね、あと、一つだけ、最後にお願い聞いてもらってもいいかな」
「なんだ?」
「私との約束、覚えてる? 神様の国、綺麗だって、いつか見せてくれるって、言ってたでしょう」
「あぁ」
お互いに忘れることのない。
幸せな、あの日の記憶。
「連れてってくれる?」
「……すまない、許可がないと、お前は、神様の国には入れないんだよ」
「大丈夫。泰広王に、許可証もらったから」
着物の袖に入れていた木札をミツキに見せた。
「どうして、それを」
「泰広王が、ミツキに言いたいことがあるなら、言ってこいっていわれて。でも、ほら、言いたいことは、今言っちゃったし、あと心残りはそれくらいだから」
「……分かった。今から、行くのか?」
「ううん。朝になったら」
「分かった」
「だから、ね。それまで、ミツキの手、握っててもいい?」
那津のその言葉に、ミツキは頷き、そっと手を握り返した。
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