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奥多摩(4)
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日は暮れた。
しこたま食べて飲んで、そしてまた食べて飲んだ。
松永と児玉をのぞいて全員酔っていた。
児玉の持っていたキャンプ道具のランタンとバーベキューで起こした火と頭上で輝いている月星だけが光源だった。
「長野、洗い物に行って来る。このままだと、もっと暗くなって炊事場も消灯時間があったりしたら面倒になるかもやし」
「俺も行く」
「いいよ、一人でいけるから」
「いや、俺も少し酔い醒めたから手伝うよ」
「僕も行くよー。寝てたから元気だ!!」
「はい」
鎌田空気読め。二人の時間の邪魔をするんじゃない。
三人で外にある共同炊事場に向かう。
白色のおぼつかない蛍光灯の下、三人で網や食器を洗う。
「鎌やんはどうして演劇部に入ったん?」
「劇や音楽が好きなのはもちろんだけど人生が舞台だって気付いたからさ!!」
鎌田は自信ありげに断言した。
「僕たちは演者でしかない。ヒーローになれるかヒロインになれるかは自分次第さ。その劇の中でヒーローになれなかったなら、また別の劇で違う名前でヒーローを目指せばいい」
俺には言っていることがよく分からないが松永は鎌田の言う言葉を理解しているようだ。
「鎌田先輩、つまりそれは」
「松永君は察しがいいかな。自分の居場所を他にも見つけるんだよ」
「居場所、社会ということですか?」
「そう、言い換えられるかもね。世界という大きな社会、舞台。家族という小さな社会、舞台。いろいろあるね。学校で端役(はやく)にしかなれなかったら違う場所をもう一つ見つければいい。家族という場所、社会でもいい。そこも駄目だったら他のサークルだったり、趣味の世界だったりね。自分が一番楽しくて、好きな役をやれる場所、舞台を見つければいいのさ」
なんとなく俺も理解しだした。
「自分の居場所がないなんて言葉は僕は嫌いさ。探そうともしないでただウジウジして。自分の居場所は自分の体だよ。その体で表現して他の場所を探せばいいじゃないか。ネットで探す目もある、歩いて行ける足もある。足がないなら車椅子転がす。耳が聴こえないなら手で話す。なんだって出来るよ、体さえあれば」
「鎌田先輩は他にもたくさん場所持ってそうですね」
松永が鎌田に微笑みかける。
「うん、僕は名前を変えてたくさんいろんな役を持っているからね。僕はいろんな顔を持つ道化師でありたいね。ある時はエリザベスというネット掲示板の管理者。ある時は演劇サークルの鎌田。ある時は社会人劇サークルの園田、ある時はドラマのエキストラの国枝」
「また随分、たくさん名前持っているな」
「長野君、どれかダメになってもまた違う名前でチャレンジ出来るからね。自分が輝けるようにね。全部ダメだったらまた違うのを見つければいい。ほら、上見てごらん」
俺と松永は炊事場のところから斜め上を見上げる。
ネオンも、高い建物もない奥多摩は満点の星空だった。
「星ってさ、明るくて目立つと寿命短いんだったっけ?それだけ自分自身を燃やして光っているか、消滅する前に強く燃えている、だったかな?僕の記憶違いかもしれないけど。長野君と松永君は目立たなくても長く光るのと短くてもいいから目立つように光るのとどっちがいい?」
松永も俺も考えていた。そんなこと考えたことがなかった。
「僕は目立つ方を選ぶよ。短くてもいいから、あー、楽しかったっていうね」
鎌田は満面の笑みで答えた。迷いがない。
行動が演技じみたうざいやつとしか思っていなかったがいろいろ考えているんだな、と思った。
もしかしたら俺たちが見て知っている鎌田の姿も演技かもしれない。
こいつも不思議なやつだ。
「あ、みんなのコップも持ってくれば良かった。僕取ってくる」
松永が洗い物をやめてそう言った。
「俺も一緒に行くよ」
「ううん、鎌田先輩と洗い物続けてて。すぐ帰って来るから」
そう言うと松永はランタンを一つ手に持って暗闇の中に消えていった。
「長野君」
「おぅ?」
鎌田が松永の消えて行った暗闇を今まで見たことのない真面目な表情で見据えながら話をした。
「演技っていうのはさ、経験したことがないことはリアリティにかける。自分で経験したことだからこそ自然にその演技が出来るのさ。松永君の、あの人の拒絶の仕方、全く人を介そうとしない生き方は」
何を言いだすんだ、鎌田。
「びっくりする位自然なのさ。迷いも孤独も感情も感じられない」
「・・・・・・・・・」
「松永君の人生っていう舞台の演技は見てると辛いねぇ。あんなに自然に人を拒絶出来る演技が出来るなんて悲しいことだと思うよ」
ああ、俺もそう思う。
鎌田も同じ校舎、授業でよく見ていたのかもしれない。気付いてしまったか。
何があったのかは知らないし、松永の過去も知らないけれど高校の頃から思っていたことだ。
理科室で盗み聞きした「早く一人で生きたい」という松永の言葉が記憶にある。
高校の中に居場所がなかったから、とも思っていたが、それよりも根が深いものなんだろうと今の俺は理解している。でも、松永にはそれに関して聞くことはなかった。
俺のことを見てくれているだけの松永に安心出来るからだ。
もしかしたらこれも俺のエゴかもしれない。
「長野君だけが唯一、松永君の舞台でからめてるんだよねえ。長野君がいなくなっても松永君は一人で舞台続けるんだろうなあ。その舞台が誰も見てなくても、他の役を探しに行かないでその舞台続けるんだろうね。たった一人、自分以外の演者も観客もいない舞台を」
鎌田がぽつりと言う。
「俺、松永のそばにずっとおるよ。松永がヒロインなら俺ヒーローになる」
「そうか」
俺の言葉に難しい顔をしていた鎌田が笑う。
「僕は観客でいよう!!児玉やモリクミ、お富さん。あ、吉野君もかな。僕たちは観客でいて最後にブラボー!!ってスタンディングオペレーションで迎えられる舞台であると願うよ」
鎌田は全部舞台で表現するのだな。。。。と俺はその時思った。
分かりづらいが、なんとなく言いたいことは分かった。
お前、案外いいやつかもしれん。
俺はその時鎌田のことをそう思った。
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