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長野から見るニチョ
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吉野は俺と松永を前にしてこう言った。
「そろそろニチョ行こうよ」
もう何度目だろう。
吉野は俺にも松永にもニチョ、いわゆる世界最大規模ののゲイタウン、新宿二丁目に一緒に遊びに行こうと会う毎に誘って来ていた。文化祭の準備で忙しくなる前に三人で遊びに行こうよ、と。
松永は「そのうち」とかわすので吉野は俺をターゲットにして来ていた。
「長野ー。面白いと思うよ。全部ゲイなんだよ?」
「へー」
「堂々と道を手をつないで歩いてるし、路上でキスしたって誰も気にしない」
「おぉ!!」
「クラブパーティもあるし今度週末時間作って松永君を口説き落としてよ」
俺は吉野の言葉にどんどん心が傾いていた。
興味を持ち始めていた。
そして松永が実家に2日間帰省して戻って来てから、言葉少なに上の空が続いているのも気になっていた。どこか遠くに行っている。
元気がない、と言うよりも弱っている。
松永の存在自体が弱まっているように感じた。覇気が感じられない。
俺の前ではそうではなかったが世界を拒絶する姿勢は強まっていた。
ニチョに行ったら気分転換になるんじゃないだろうか?と今思えば俺が行きたくなっていたのに理由を松永に求めていた。
「松永、ニチョ行ってみらん?」
「どうして?」
「松永なんか最近おかしいけんさ」
「おかしくないよ。長野は行きたい?」
「俺?まぁ、1回は行ってみたいな」
「うん、いいよ。行こう」
松永の許諾も得られたので吉野と松永と俺はその週の週末、新宿二丁目の仲通りというメインストリートに立っていた。
この日はゲイナイトというものがあるのか人はそこそこいる方らしい。
通りには男ばかりが歩いている。ほとんど女性が見えない。
短髪、体を誇示するような服装の男たちが闊歩(かっぽ)している。
隣の松永は絶対拒絶を異常な強さで発動していた。
無理もない、通り過ぎる男たちが必ず視線を投げかけて来る。
吉野曰く、必ず視線チェックが通り過ぎる男全員から入るらしい。松永と俺は特にガン見されるから、とも。
品定めをするように絡みつく視線。俺でも初めての経験で少し居心地が悪かった。
松永は俺以上の気持ちだったと思う。松永に対して後悔の念を持ち始めていた。
松永の手をそっと握る。俺の手を握る手がいつもよりも少し強く握り返してくる。
松永をチラチラと見ながら様子をうかがうと、
「長野、男性ばっかりだね」
「そうやな」
と一瞬、絶対拒絶を解いて俺だけに笑顔を見せる。
そしてまた絶対拒絶を発動するの繰り返しをしていた。
今思うと松永は大変だったと思う。俺に気遣いつつ、周囲を拒絶というめんどくさいことをしていたのだから。
今現在は知らないが当時はまだゲイナイトというクラブパーティが週末はたまに行われていたそうだ。
男性だけしか入店出来ないパーティもあれば、女性も入店出来るパーティなどが混在していたそうだ。
ゲイナイトや飲み屋で出会いを求める時代から既に、ネットで出会いを求められる時代に変遷していた時期らしく、ゲイナイトは下火になっていたそうだが。
その日はゲイナイトの中でも大きめのものがあるらしかった。
まずはそのゲイナイトに行こう、ということで新宿二丁目にあるクラブの箱に入店する。
確か2500円位じゃなかったか。1ドリンクチケットが付いていて、手の甲にブラックライトで光るスタンプを押される。
三人で入店すると男だらけだった。視線が強烈に浴びせられる。
暗めの照明の中、クラブのミラーボールと共に大音響でクラブミュージックの流れる中、壁際に立つ人間たちとフロアで踊っている人間で二手に分かれていた。
吉野曰く、壁際の人間たちは一人で来ているお客がほとんどらしい。
「クラブパーティに一人で来ても壁の花のやつらが多いね」
「そうなん?」
「うん、フロアに出て踊りもせず、ただじーっと踊りに来てる男見てるだけ。踊らないで何しに来てるんだろうね?友達出来たり出会いあるとでも思ってるのかな?バカじゃねーの」
吉野はバカにしたように笑う。
松永はそれに反応し答えた。
「みんな寂しいんだと思う。だから期待して来てるんじゃないかな」
「寂しいからって自分から動かなきゃ意味ないよ」
「そうだね。でも彼らには彼らなりの勇気を出して来てる気がする」
「松永君は優しいからなあ。。。。」
吉野は松永を見てそう言うと「だから友達になれたんだけどね」と付け足した。
まずはドリンクチケットを持ってカウンターで三人は飲み物をもらった。
店員の手がグラスを渡す時、わざとだろうが俺の手を握るように渡したのは反応せずスルーした。
隣の松永も多分気付いていただろうが、絶対拒絶をして何事もなかったように振る舞う。
フロアで好きな音楽が流れる。洋楽も邦楽も当時良く聞いていた。
当時の流行曲がクラブアレンジされて流れると心が弾んだ。
「さ、踊ろう」
と吉野に誘われて俺と松永は手を引っ張られてフロアに進む。
大音響の中、吉野は大声で俺らに言う。
「今このフロアで一番注目されているのは僕たちだね。みんな僕たち見てる」
「そうなん?」
「だよ。長野も松永君もモテルタイプだしね」
吉野は大音響の中で気持ちいい!!と言うと踊っていた。
俺もとりあえず踊る。松永は戸惑っている。
松永の手を取って一緒に踊る。
「体揺らすだけでいいよ」
「うん」
松永は周囲を拒絶して俺だけをずっと見ていた。
俺はその大音響とライトと人の熱気と視線に心を奪われていた。
その刺激が楽しくて心地よくてそっちに気持ちは流れていた。
しばらく三人で踊った後、疲れて
「外出して、通りを見学して僕の行っている飲み屋でも行く?」
と吉野が提案する。
通りのゲイ専門のアダルトショップ(いろんな夜のおもちゃとか売っているところ。書かなくても分かるかな)を覗いて、吉野の行きつけのゲイバーの1軒に顔を出す。
お店の扉を開けると同時にまたガン見の嵐。吉野が言うにはこれが普通らしい。
席に着くとすぐにマスターらしい人が声をかけてくる。
「いらっしゃーい○○(吉野の下の名前。ゲイバーでは下の名前で呼び合うことが多いそうだ。ややこしいので吉野と書く)、今日は初めての人連れて来てくれたのー?チョーイケメン過ぎてドキドキするんだけど」
「でしょー?僕のボトル残ってる?それから作って」
「了解ー。吉野と同じウーロン割でいい?」
「それでいいです、あ、松永酒飲めないよ。松永何飲む?」
ママが松永の前にメニューを出す。
松永はソフトドリンクの項目から
「コーラ」
と一言告げた。
気付けば良かった。
松永は炭酸なんか飲まないのにどんな気持ちだったんだろう。
あの時、俺にコーラを勧めてくれた時の言葉なんか忘れていた。
「嫌なことあるとコーラ飲むとスキッとする。炭酸と一緒に一気飲みしたらちょろっと涙出るけどスキッとする」
俺は吉野の焼酎のボトルから作られたウーロン茶割をもらう。
三人で乾杯をした後、ママと店員(ゲイ用語では店子と呼ぶ)が交代で隙を見て俺たちに話かけて来る。
「彼氏は二人いるのー?」
吉野を間に挟んで座っている俺と松永はお互いを手で指し示す。
「えー!?残念!!二人ともカップルなんだー・・・・・イケメンカップルだわ」
「ねえ、バイトしてる?」
「俺してるけど松永はしてない」
「そう。二人ともここでバイトしない?お店に入らない?」
吉野から後で聞いたが店子のほとんどはお客さんで来た人間の中から選ばれることがほとんどらしい。
特に初めて来た人でよさげな人がいきなりお店に入っていたというのもよくあるらしい。
松永は首を横に振る。俺も「バイトと大学で忙しいから」と断った。
しばらくお酒を飲みながら話をしていると周囲を見回す余裕が出て来た。
お客のほとんどが俺たちが話すと黙った。
会話を聞いている。視線を寄こしてくる。
松永は言葉少なかった。
松永は店員から執拗(しつよう)に声をかけられていた。
俺はママから執拗に声をかけられる。
今思えばお互いそれぞれのタイプだったのだろう。
俺は松永の方が気になりつつ、俺だけが分かる松永の困っている状況に助け舟を出せずにいた。
松永の手がカウンターの下で松永のパンツをギュッと握りしめている。
分かっていたのに俺はただ周囲の状況の方に気持ちが流れていた。
松永は一応受け答えはしているが吉野の手前、感じ悪くは出来ない、というのが感じられる。
松永が無理をしている。
そう分かっていたのに楽しさの方に俺は気を取られていた。
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