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体に刻まれたデジタル表示が0になり、足元が崩れ落ちる。真っ暗な底に落ちて行くのを上から無表情で長野が見下ろしている。
そこで夢から醒めた。
夢位では取り乱さない僕が、ベッドの上で季節は秋なのにひどい汗をかいていた。荒い息と共に視界がぐにゃりとぼやけた。
ベッドの上には今日も一人だ。
長野、自分の部屋に帰って寝ているのか、それとも今日も帰らないのか。
朝まで起きてこれからの事をベッドの上で考える。
戸田と奈々子には役割を考えていた。
彼らには最後に会う必要がある。
その前に。
僕自身のこともしていかなければ。時間が足りない。
1か月後にはこの部屋を引き払う。実家に一度顔を出さないといけない。
手続きの書類がある。
どうしても家族に会わなければいけない。
モリクミと児玉も捕えなければいけない、いくら資格の勉強で姿を見ない、全然部室に現れないとはいえ、どんなに小さい可能性でも潰しておきたい。
彼らも僕に関わった人だ。関わった人は全員と決めている。
先に実家に帰ってからにしよう。
時間的に厳しい。
そして長野も。
長野にも糸をかけないと。
長野のことを思うと視界がぼやけた。
ああ、お母さんの見ていた景色って最初はこんな景色だったのかなあ。
どんどん世界が不鮮明になって行く。
黒い蝶が舞う回数も増えた。
たまにしか出て来なかった蝶が、不鮮明な世界の中でヒラヒラと舞っている。
福岡に戻ったらおばあちゃんのところにも寄ろう。
この体のこともおばあちゃんにだけは伝えておこう。
一番こうなるのを心配しているだろう、正直に話をしてこの状況を伝えなければいけない。
この飛蚊症の症状が出ているということを。
僕には黒蝶に見えていた。
母親のいた病院の医師に連絡をして見てもらわなければいけない。
確か月、水、木、金の午前中しか受診していないし、検査で時間がかかるだろう。
終日、もしくは数日を削られるかもしれない。
多分、一時的なものだと思うが、もしかしたら最悪すぐ手術になってこの計画全てが台無し、結末も変わってしまうだろうがそれでもいい。
その時は大学を辞めて、あの離れでまた一人になろう。
死んだ母親とずっと一緒に住んでいた誰も来ないあの離れで過ごそう。
父親と当時愛人だった今の母親とその子供であった兄が僕と母親を捨てて与えたあの離れの部屋に。
そうしたらまた一人の世界に戻れる気がする。
拒絶が以前のように出来る気がする。
1週間。
1週間福岡に戻ろう。それで全部用事を済ませる。
この部屋に戻れるようだったら、最後の仕上げを。
長野にはメールで福岡の実家に用事で帰ると伝えた。
メールの返事は短かった。
昔なら理由を聞いて来た。早く帰って来いと言った。すぐに電話もかけて来た。
考えると激しく蝶が視界の中で舞った。
拒絶をしようと試みる。
やはりどうしても拒絶が出来なかった。
長野の笑顔ばかり浮かぶ。
不鮮明な世界の中で長野の笑顔だけははっきり映る。
やっと分かった。
死んだ母親の気持ちが分かった気がした。
ああ、お母さんはこれをしていたんだろう。
何も視えなくなった世界ではなく、想い出の中で生きていたに違いない。
暗い世界の中でお父さんの姿だけ見ていたんだろう。
だから寂しくないと言っていた。
あれだけ寂しい思いをしていたに違いないのに母親は視えなくなった世界ではなく、想い出の父親ばかりを描いていたから幸せそうにしていたんだろう。
結局は死んでしまったが。
幸せだったんだろうか。
「想い出をたくさんもらったから」
それが小さい頃は分からなかったが、漠然と想い出を増やせとだけ理解していた。
だからいつかの時の為にたくさん想い出を作ったつもりだ。
長野は3年間僕をただ見て来たと言っていた。
長野と初めて出会ってから、僕は約1年8か月の想い出をもらった。
満足しないといけない。もう十分たくさんもらった。
母親のようになるつもりはない。
僕はまだ目に見えるこの世界を維持したいし、長野の想い出も生きて行く為にずっと持っておく。どちらも僕は手に入れるつもりだ。
最悪、いずれ目が見えなくなった時用だけじゃなく、一人で生きていける為に長野との記憶が欲しい。
母親を看ていた医師は僕には母親のようになるまではないだろう、と言っていたが母方の目の視えなくなる遺伝は確実にされている。
これ以上寂しいと言う感情や体への負担はよくない。
一層世界がぼやけていくだろう。
ここで食いとめる為にも僕の為にも今の現状から抜け出さないといけない。
長野の為だけじゃない。これは僕の為でもある。
これが終わったら僕の結末がどうあれ、一人の世界に戻ろう。
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